マジカルヒストリーツアー

2016年3月19日 (土)

苦難の末に行きついたものはとヒストリーツアーはアフリカ篇

 

忘れてはいけないマジカルヒストリーツアー

まだ大事な回が残っている。

アフリカ諸国の独立と発展だ。

 

031_3
  

「独立した後もアフリカは大変な苦労が続いたんだ」

とリーダーの眞鍋かをりさんだが

産業革命も市民革命も知らない部族社会の人々が

苦難の過程で生み出した価値観はとても大きく

「先進国」と威張って上から目線で見てはならない。

 

てなことでスタジオにはボビー・オロゴンさんがゲスト出演。

「今、お母さんって言いました?」(眞鍋さん)

「ちゃいまんがな、エカーサンってこんにちわって意味でんがな」

「お父さんにもエカーサンって言うんですか」(永松アナ)

「やかましいわ」

 

034

 

それはともかくとマジカルジャンプ!

 

オロゴンさんの母国ナイジェリアは

250以上の民族、言語が混在する地域だそう。

「今日からナイジェリアと言われてもピンと来ない人がいる」

その為、分離独立を目指す運動に西欧諸国が介入したのが

凄惨な記憶がおぼろげに思い出されるビアフラ戦争。

その後も軍事政権が続き

民主的政権交代が実現したのはなんと昨年。

 

046

 

「ヨーロッパ諸国が勝手に線引いちゃったから

問題が起きてきたんですね」

だが、そんな中、アフリカで生まれてくるのが

民族融和の思想だ。

 

アパルトヘイトを克服した南アフリカ 

Never,never,never and ageinのネルソン・マンデラ演説は

差別と抑圧の全面否定の宣言である。

国民国家と言いつつ植民地を拡大し

被植民地住民の人権も民主主義も認めなかった

帝国主義的価値観とは一線を画す。

 

048
  

「仕返しをするのではなく一緒にやろうと」(眞鍋さん)

「そう。その方が国は強くなる」(オロゴンさん)

 

驚くのはあのルワンダでもそれが行われたこと。

植民地時代に優遇されていたトゥチ族に

独立後政権を握ったフツ族が仕返し。

国外に逃れたトゥチが反撃に転じると

残っていたトゥチ族住民へのおぞましい大虐殺が起こった。

だが、虐殺政権を打倒したトゥチ族は仕返ししなかったのである。

 

063
  

現状もこれからも紆余曲折はあるだろうが、

国会議員に占める女性比率の高さはルワンダが世界一。

63.8%が女性とくりゃ、そらぁ暴力に訴えたりしませんわな。

差別と抑圧の否定がこんな所にも浸透しているのか

ベスト10にアフリカ諸国が四カ国も入り

日本は遠く離れて119位。

何さらしとんねん

 

アフリカにはチーター世代てのが生まれているそうな。

「これからのアフリカ、楽しみですね」と眞鍋さん

「もっともっと知っていかないとダメですね」

そして学ぶべきは学ばないとね。

 

|

2016年3月 1日 (火)

お隣の国も見ておこうと近現代ヒストリーツアー

 

マジカルヒストリーツアーも放送では今週で最終回となる。

収録が始まってから出産、産休となった眞鍋かをりさん

妊娠判明が早かったからか無事につつがなく完走した。

やったね

とはいえ二週遅れている当ブログ的には最終回はまだ先。

今回は近現代の朝鮮だ。

 

003

 

「これまで見てきたのは江戸時代くらいまでだったね」

と眞鍋さんだが、それから現代までがこの国にとって

一番の激動期かもしれない。

 

地理的にも時期的にも

上から下から右から左からやってきた列強が

鉢合わせするポジションだったことは日本と同じだが

清と冊封関係だったことが違う。

それも、たまにしか使節が来なかった琉球などより

ずっと密である。

 

西欧諸国に対する鎖国も日本より徹底していて、

お蔭で胡椒が入ってこなくなったからと

対馬藩から唐辛子を代わりに輸入したら

キムチが唐辛子味になっちまったってくらいだ。

 

005

    

だが、そんなことも言っていられない。

宗主国の清まで列強に頭が上がらない御時世だ。

日本に協力を仰いで改革しようとする派と

清との冊封関係こそ大事の二派に国論が二分する。

日本は開花政策に協力していたのだが、

壬午事変によって清が巻き返し、

李鴻章に派遣された袁世凱が牛耳ることとなる。

 

開化派も態勢挽回を図って甲申事変を起こすが

清軍の介入によって失敗。

そこまでやるか的大弾圧で開化派は虐殺される。

日本が朝鮮の植民地化を決意する前の出来事であり

当時の開化派が日本の傀儡だったとは思えないが

現在の韓国はどう評価しているのか

不明にして確認していない。

 

甲午農民戦争、つまり東学党の乱が起こると

事態はまた変わる。

天津条約に基き清と日本が派兵、

日清戦争へと発展してゆくのである。

 

012
  

「この頃から中国だけじゃなく

日本や西欧の影響を強く受けるようになったんだ」

そうでんねん眞鍋はん、清との冊封関係を解消すると

今度はロシア帝国が南下してくるんですわ

「今度はロシアかぁ」

 

014
  

日露戦争に勝った日本は朝鮮を保護国に、

さらには併合することになるのだが、

かつて開化派の人々との間にあった

相互理解や友情は影を潜め、上から目線になってゆく。

 

勝ったといっても日本にとっては総力戦だが

ロシア帝国にとっては局地戦。

ロシア軍の司令官が後のジューコフの様に

狡猾な智略と消耗戦を厭わぬ非道さを持った将軍だったら

どうなったか分からない。

それでなくとも日本軍は物資も兵の命も消耗し過ぎていた。

客観的な教訓を直視せず有頂天になっていたとしか思えない。

 

朝鮮で起こった独立運動はいずれも失敗に終わるが

その後の日本統治時代は意外に穏やかだった。

台湾の方が賑やかだったかもしれない。

だが、第二次大戦が始まると

朝鮮も総力戦に巻き込まれてゆく。

当時、日本の人口は8千万人。

「一億火の玉」「一億玉砕」の「一億」とは

朝鮮、台湾を含んだ人口である。

 

024
  

「明洞って日本人居住区だったんだ」

今や観光スポットの意外な過去に驚く眞鍋さん。

「でも、朝鮮の人たちにとっては苦難の時代だったんだね」

 

第二次大戦後も苦難は続く。

北はソ連軍大尉だったオッサン、

南は大日本帝国陸軍将校だったオッサンが

それぞれ独裁体制を敷く。

民主主義もなく共和制でもなく

人民を虐げる王朝政治なのに

「民主主義人民共和国」ってどーよ。

ギャグにしても笑えない。

 

だが、東学運動や三・一独立運動の様に

名もなき人々が立ち上がる伝統は生きていて

少なくとも南の軍事独裁政権は倒れた。

国家破産でIMFの管理下に入った時期に外資が流入、

大企業、銀行のほとんどが外国株主に多数を取られるなど

問題は多いが北はもっと酷い。

 

028
  

「ドイツは統一されたのに

朝鮮半島はまだ分断が続いてるんだね」

「日本にも影響のあることだし

平和的に解決してくれたらいいね」

 

|

2016年2月22日 (月)

冷戦って知ってますかとヒストリーツアー

 

あれまホレマとヒストリーツアーは「冷戦とその終結」

冷戦も今や歴史語りの世界かぁ・・・

なんて思ってみたものの冷戦終結から27年、

第二次大戦から27年といえば1972年だから

「戦争を知らない子供たち」なんて歌が流行った頃だ。

「冷戦を知らない子供たち」が今や当たり前なのである。

 

019

 

かろうじて冷戦を知っている眞鍋かをりさん、

ベルリンの壁崩壊の映像を見て

「壁が壊れたことの何がそんなに嬉しいんだろう」

なんて思ったらしいけど小学生じゃ仕方ないね。

 

003

 

ソ連とUSAといえば第二次大戦の同盟国

それが何で冷戦に?と眞鍋さん。

スターリンがあのヒトラーさえお手本にするほどの

恐怖の独裁者だってことは分かっていたが

世界革命を目指していた訳じゃなし、

逆に過剰な自己防衛本能の持ち主。 

侵略性という点ではヒトラーの方が危険だし、

西欧もソ連も第三帝国に攻め込まれていた。

 

敵の敵は取り敢えず味方だった訳だが、

第三帝国崩壊後の世界はと予想するに

米ソ二大超大国の時代となることは目に見えていた。

なので大戦後の覇権を巡る駆け引きは

既に大戦末期から始まっていたのだ。

日本への原爆投下もソ連への恫喝

とする見方があるくらいだ。

 

一方、ソ連もベルリンを目指す道すがら占領した国々を

事実上の植民地として支配した。

それが侵略性というよりも独ソ戦のように

自国を戦場にしたくないという防衛本能に由来する

と見られるところがスターリンらしいところである。

優秀な人間を敵視する粛清と同じ文脈だ。

 

ソ連の超国家主義体制は戦後の復興も早かった。

だが当然、それには限界がある。

ニーズの多様化に対応できず

多様化するニーズを起爆剤として

新たな投資を創り出す発展の道筋が描けない。

1960年代に入ると発展の速度は鈍化し、

固定相場制の下で高度成長する西側と

経済格差が拡大するようになる。

超国家主義統制経済は必然的に解体への道を歩むのである。

 

018
  

「一触即発の状態だったんだね」という眞鍋さん、

「冷戦が終わって平和になったの?」って、

なってませんがな。

眞鍋さんも知っての通りなので

ここはちょっと台本に無理があるか。

 

そもそも米ソ両陣営は冷戦があった方が

それぞれの陣営を引き締めるのに好都合だった。

だが、冷戦が終わるとタガが外れる。

両陣営とも子飼いの独裁国家を持っていた。

東欧は言うに及ばず、

お隣の韓国だって80年代まで軍事独裁政権だった。

 

これらが次々と倒れてゆくと

隠れていた対立点が浮き彫りになり争いが起こる。

第一次大戦の戦勝国としてプチ帝国を築いたセルビアが

プチ帝国のままユーゴスラビアとなっていたのだが、

これが崩壊し、紛争の上、それぞれが

民族国家として分離独立したのはその一例。

民族や宗教に麻薬利権まで絡んでもう大騒ぎである。

 

021
  

その一方で進んだのが経済のグローバル化。

単なる貿易の話ではない。

生産拠点を世界に展開する資本輸出、在外生産の拡大が

「多国籍企業」などと呼ばれるようになったのは1970年代。

自国で作った商品を外国で売りさばくだけでは

相手国(特にアメリカ)から文句が来る。

相手国に生産拠点を移し、その国の労働者を雇えば

雇用も広がるし税収も上がってええがなと喜んでもらえる。

関税をクリアできるので進出企業にとっても都合がよい。

 

しかし、先進国同士ならいいが進出先が途上国ならどうか。

ある程度まではありだが

民族資本の育成と同時進行でないと

外資に経済を牛耳られてしまう。

外資の導入で経済発展した中国が、容易に撤退できない

様々な縛りをかけているのもその為だ。

また、生産拠点が海外に移ってしまうと

本国の雇用はどうなるのかという問題もある。

 

グローバル化といいつつ独立国の数は増え続けている。

グローバル化はノー天気に進んでいるのではなく

国民国家、国民経済との矛盾をはらみつつ進行している。

貧困や格差の拡大はその一断面である。

・・・てなことは30年以上前に卒論で書いたことなのだが、

的中し過ぎて怖いくらいである。

 

豊かな消費者がたくさんいれば商品がよく売れる。

国民が豊かならその国は豊かだ。

格差は少ない方が経済は活性化する。

当たり前の話だが、当たり前が上手くいかないなら

上手くゆく方法を考える。

単純なことのように見えて

未だに答えを見つけられないのが人類史の到達点だ。

 

|

2016年2月13日 (土)

口が悪くなってすいません的ヒストリーツアーは現代中国の巻

 

001_3

 

収録と放送では順番がかなり違うらしい

マジカルヒストリーツアー。

テーマが20世紀に移ってからも

まだお腹が大きくなっていない眞鍋さんが現れる。

実は出産後にこっそり収録したんだよんって言われても

まさかとは言いにくいスピード復帰だったけどね。

 

テーマは現代中国・・・って、

言いたいこと言っちまっていいのかな?

御近所さんだけに気を使うが

まぁいいや。

 

002

 

ともあれ今やGDP世界2位。

3位の日本よりちょっと多いんじゃなくてすごく多い。

「その発展の歴史を見ようってことだよね」と眞鍋さん。

 

孫文のオッサンはどうも統治能力がイマイチで

国内は一向にまとまらない中国。 

後継者の蒋介石は武力で天下統一を目指すが

毛沢東と内戦になる。

そこに割り込んできたのが大日本帝国。

 

これが大英帝国なら、しめしめもっとやれと

どっちかに味方をするふりなどして国共対立を煽り、

弱ったところで一網打尽にするのだろうが

軍部主導の大日本帝国は武力で突き進むだけ。

合戦には勝っても政治的勝ちが見えてこないばかりか

国共合作も許す。

 

006

 

大戦終了で大日本帝国が消滅すると国共内戦再開。

蒋介石は敗れ毛沢東が中華人民共和国を樹立する。

「順調に発展したの?」と眞鍋さん。

とんでもございません。

なんたってスターリン、ヒトラーと並ぶ

20世紀三悪人の一人だっせ、あ~た。 

 

外国に迷惑をかけたという点ではヒトラーが一番だろうが、

自国民に与えた災厄の大きさでは

スターリンでさえ影が薄くなる。

素人の思いつき同然の「大躍進」で3千万人、

オノレの権力闘争である文化大革命で2千万人

合計すると第二次大戦の全犠牲者数に匹敵する

とんでもない犠牲を自国民に与えたのだから空前絶後だ。

 

その後継者として登場したのが鄧小平だが、

流石に毛一派は排斥され、

「社会主義市場経済」なるものを始める。

 

004
  

「『豊かになれるものから豊かになれ』って

社会主義と矛盾してるよね」と眞鍋さんの指摘。

 

計画経済が有効なのは

需要に対し供給が不足している状態の場合。

一定の需要が満たされると消費者は

それぞれの目的や嗜好、財布の事情に合わせて

選択するようになる。

選択の自由がある限り消費は計画できないのだから

マーケットで調整するしかない。

 

そういう意味では社会主義市場経済もありだな

とは思うものの

中国のはビスマルクの国家資本主義と基本、変わらない。

大気汚染など公害の蔓延がその証左。

これも中国人民の為とはまさか言わないだろう。

一部の者の利益が優先されている証だ。

 

022
   

産業基盤の弱い途上国の場合、

古い設備の償却が終わってから新しい投資をする

という順番を飛び越え、

いきなり最新設備を導入できる利点があるのだが

1960年代に先進国が経験し克服してきた公害を

21世紀になって蒸し返してるってどーよ。

 

まぁ文句ばっかり言っていても仕方ないし、

日本列島6400の島々をお引っ越し

って訳にもいかないので

よい付き合い方を考えるしかないね。

 

|

2016年2月 6日 (土)

今的難題のルーツを探るヒストリーツアー

 
 

001_2

 
眞鍋かをりさんのマジカルヒストリーツアー、
 
今回は「トルコ革命とパレスティナ分割」
 
「パレスティナといえば今でも紛争が絶えない地域だよね」
 
なのでその発端を知ろうという訳だ。
 
 
それは第一次大戦で敗戦国となったオスマン帝国領の再編成。
 
「『再編成』ってワードが気になる」という眞鍋さんだけど
 
まずはオスマン帝国の滅亡とトルコ革命。
 
ケマル・パシャ・・・とつい言ってしまうが、
 
これは軍人時代の呼称で「ケマル将軍」みたいな意味。
 
そこはNHKということで正確に
 
ムスタファ・ケマル・アタテュルクの登場である。
 
 
 
敗戦国のオスマン帝国、アラブ人の居住地域を
 
英仏に奪われるのはやむを得ないとして、
 
トルコ人の居住地域であるアナトリアまで
 
英仏伊にギリシャ、アルメニアにまで取られるってどーよ。
 
ギリシャは戦前までオスマン領。
 
ケマル自身もギリシャ生まれだ、
 
言ってみりゃ日本列島を五分割し、北海道はロシア、
 
沖縄は中国、九州は朝鮮領になるようなもの。
 
 
 
スルタンはへぇへぇそうでっかと受け入れ、
 
監督官としてケマルを派遣するのだが、
 
ケマルに従う意思はない。
 
アンカラに大国民議会を樹立。
 
パシャたちを糾合し
 
ギリシャ、アルメニアの軍勢を追い出すのである。
 
 
 
やるではないかと大英帝国は
 
再度の講和会議を招集するのだが、
 
アンカラ政府とスルタン政府の両方を呼ぼうとする。
 
既にスルタンとは決裂していたケマルは、
 
あのオッサンではあかんとスルタン制を廃止。
 
6百年続いたオスマン帝国を自らの手で滅ぼすのである。
 
 
 
スルタンは宗教指導者としてカリフでもあったのだが、
 
ケマルは当てにならないオッサンと一緒にカリフ制も廃止。
 
政教分離を導入してイスラム法も廃止、
 
一夫多妻は廃止するが改革は多妻、否、多彩。
 
アラビア文字を止めてアルファベットに
 
メートル法、太陽暦を採用と西欧化を進める。
 
 

013
   

「トルコに行った時、文字はアルファベットだし

ヨーロッパ的な感じがしたのは

ケマルさんがやったことだったんだ」

 

ケマルは「成功した独裁者」などと言われるが、

実は複数政党制による多元的民主国家を目指していた、

とする好意的見方もある。

真偽は不明だが、思想家でも理論家でもないし

大酒呑みで敬虔なムスリムともいえないが、

だからこそ実利実益を優先した

柔軟な政策が打ち出せたともいえる。

 

アルメニアをけん制してソ連と同盟したり、

世界恐慌の打撃から立て直す為

計画経済を導入したりするがソ連の子分にはならない。

国民国家としての基本を維持しながら

殖産興業による上からの資本主義化を推進し、

近代国家としての礎を築いた。

評価される由縁であろう。

 

004
  

さて、国民国家建設の流れを悪用したのが大英帝国。

ドイツはカリフでもあるオスマン帝国スルタンの権威を利用し、

インドのムスリムに騒乱を起こさせようと目論んでいたのだが、

イギリスはアラブ人にオスマン帝国への反乱を起こさせた。

 

メッカの太守、フサインとフサイン・マクマホン協定を結んで

アラブ国家建設を支援すると約束した、と見せて裏では

サイクス・ピコ協定により英仏露で分割するつもりでいた。

イギリスの工作員としてフサインの息子・ファイサルと

反乱軍に加わっていたのがアラビアのロレンスだ。

 

だが、革命ロシアが帝政時代の秘密外交文書を暴露。

サイクス・ピコ協定を知ったアラブ反乱軍は

なんやねんとなるのだが

だったらダマスカスを占領して臨時政府を作ってしまえ

と進軍開始、見事目的を達成するのだが・・・

民族より部族の利害が優先する部族社会の弊害で

臨時政府は空中分解となる。

 

結果、シリア、レバノンはフランスの

イラク、ヨルダン、パレスティナはイギリスの委任統治領となる。

 

005
  

「オスマン帝国からは独立できたけど、

思惑が違っちゃったんだね」と眞鍋さん

「でもなんで独立を認めてあげなかったんだろ」

それがあーた、石油利権でんがな。

「その頃から始まってるんだ」

 

「じゃあパレスティナ問題も石油絡みで・・・」

いや、それがちゃいまんねん。イギリスの外交絡みで

「またイギリス?」

ろくなことしませんなぁ・・・とは言わなかったけど。

 

イギリス外相バルフォアが戦費調達の為ユダヤ大富豪、

ロスチャイルドと交わした約束が

バルフォア宣言として発表されると

ユダヤ教徒たちはイギリスが支援してくれるんだと

約束の地、カナンへの移住を始めたのだ。

それがパレスティナ。

 

第二次大戦後、アラブ人居住地域とユダヤ地域に分割されるが

イスラエルはこれを無視。

武力によってアラブ人を追い出しにかかる。

これが中東戦争だ。

 

旧約聖書ではモーゼの指揮でエジプトを出たイスラエルの民は

武力によってカナンに住む人々を皆殺しにして征服した

・・・ことになっている。

考古学的にはちょっと違うらしいが、今のイスラエルも

征服したのだと叫ぶオッサンを見たことがある(一人だけど)。

 

039
  

「今パレスティナが抱える問題は当時のヨーロッパの外交が

きっかけを作ってしまったのかもしれないね」

 

きっかけは作ったが解決の糸口すら作れない。

目先の損得でつまらん約束をするもんじゃないね。

 

|

2016年1月30日 (土)

学ぶこと多いねとヒストリーツアーはインドの独立

 

001

 

眞鍋かをりさんのマジカルヒストリーツー

今回は「アジアの独立」。

とはいえインドネシア、マラヤ、ベトナムなど

それぞれに複雑な歴史があるので

取り敢えずインドを中心に。

 

003
   

この回の眞鍋さん、特に顔色もよく表情も冴えている。

いつ頃の収録だったんだろ。

 

ところで、眞鍋さんではないけれど

インド方面に旅行に入った方が

「ガンダーラってインドじゃなくてパキスタンだったんだ」

なんて言うのを聞いて、

どう突っ込んでいいか分からなかったのは最近の話。

 

かくいう当方も小学生の頃の地図帳には

パキスタンという国は二箇所にあったのに、

何年か経って新しい地図帳を見たら

「ん?小さい方のパキスタンはどこへ行ったのだ」

なんて首をかしげたことがある。

 

バングラデシュという国名は知っていたが、

それはとても悲惨なニュースが記憶に残っていたからだ。

でも頭の中でアレとコレがつながっていなかった。

パキスタンが元々はインドだったことを

ひょっとしたら御存知ない方もいるかもしれないし、

この辺の最近史は意外に盲点かもしれない。

 

015
  

インド独立運動といえばガンディー。

でも若い頃の写真を見ると・・・

「フォーマルな服装して、なんかイメージ違うね」

そうでんねん眞鍋はん、

実は名士の家に生まれ留学経験もある

弁護士にして人権活動家だったんですわ。

「インテリだったんだ」

 

016

 

てことで「マジカルジャンプ!」

 

6万人のイギリス人官僚が3億人のインド人を支配する

少数支配だったので、インド人を教育させて補佐をさせた。

末期のローマ帝国を始め少数支配の宿命みたいなもんだが、

司法、行政が複雑化した近代国家では教育も高度化する。

だが、それが少数支配の対立物に転化するのは同じ。

彼らがインド国民会議を結成して独立運動の機関車になる。

 

第一次大戦に協力させる為「自治を与える」

と約束しながら反故にした大英帝国。

アラブの反乱をそそのかしながら

独立を認めなかったのと同じ手法、ってか詐欺。

これもまた支配の対立物に、味方を敵に転嫁させる。

イラン・イラク戦争でフセインを支持し、

アフガン内戦でムジャヒディン(ビンラディンも中にいた)

を支援したアメリカも似たり寄ったりか。

 

その中でフォーマルな衣装を捨て去り

清貧ないでたちで民の中に入っていったガンディー

「塩の行進」で民族意識を高めてゆく。

 

023
  

「それでインドは一つにまとまったんですか」

と眞鍋さんだが、イスラムとヒンドゥーの宗教対立が残った。

ムガル帝国時代からあった対立を大英帝国が煽ったものだが

根が深いだけに克服はならず、

パキスタンがイスラムの国として分離・独立する。

 

そのパキスタンも東と西では言語も文化も違い、

東はベンガルの人々が独立の動きを見せると

軍を送って押さえ込もうとする。

パキスタンと対立するインドが独立を支援したので

第三次インド・パキスタン戦争にまで発展する。

戦争はインドの勝利となり、ベンガルは

ベンガル人の国=バングラデシュとして独立を果たすのだが

300万人を超える人々が犠牲となった。

 

大国の言いなりにはならないぞという

非同盟・中立、平等互恵、自主独立の

国際関係を模索する動きも生まれる。

その一員だった中国が

今や大国主義剥き出しなのはどーよだが、

中国の大国化に事実上、力を貸したのは

先進諸国のグローバル企業だ。

大国主義もグローバル企業の世界支配も

対立物を自ら生み出してゆくことになるだろう。

その時、非同盟・中立、平等互恵、自主独立の原則が

新たなうねりとなるやも知れない。

 

|

2016年1月23日 (土)

ヒストリーツアーは教訓もきりがない第二次大戦

 

001

 

さて、マジカルヒストリーツアーは第二次大戦。

「二度と繰り返してはいけない歴史だよね」

眞鍋さんの御祖父様もソ連侵攻に巻き込まれて負傷。

過酷なシベリア抑留の経験者であられる。

 

関東軍の将校だった我が父は

取り残された婦女子に助けを求められても何もできず

機銃掃射により目の前で数百人が犠牲となっても

反撃する術を持たず、

民間人を守れなかったことを生涯悔いる人生であった。

 

それでも生きて帰ってきただけまだましで、

父方は軍人の家系だったこともあって兄弟5人が戦死。

実家は徴兵年齢に達していなかった末弟が継いだ。

母にも二人の兄がいたが二人とも戦死した。

抑留生活の長かった父が帰国したのは

終戦から7年後のことである。

 

語りだしたらきりがないが、

戦争のきっかけとなったのはアメリカに始まる世界恐慌だ。  

恐慌に対しアメリカはニューディール政策を取る。

公共事業による雇用の拡大だ。

なんだ当たり前ではないかと言うなかれ。

金本位制を停止しなければできないこれは

当時としては英断である。

 

金本位制のままでは、紙幣の価値が低下すると

銀行に持っていって金と交換されてしまうので

紙幣の流通量が調整されてしまう。

貨幣価値の低下は覚悟の上で流通量を増やし、

雇用と所得を増やして需要を拡大するのが狙いである。

 

一般にケインズ主義として知られるが、ケインズの著書

「利子・雇用、貨幣の一般理論」を読んでいなくても

似たような政策を打った人はいる。

高橋是清もそうだしヒトラーもそうだ。

 

だが、ナチズムをケインズ主義とは言わない。

国家社会主義労働者党を名乗っているが

労働者の雇用問題解決に動いた一点で

かろうじて労働者党と言えるかなというくらい。

真っ先に弾圧したのは共産党だ。

社会主義思想自体はマルクス以前からあったし、

以降も色々現れてはいるが、ヒトラーは

ムッソリーニのファシズムをパクってあっさり宗旨替え。

スターリンの粛清に感服し(なんでやねん!)

パクって強制収容所を作った(そこかよ!)

 

民族主義だが平等互恵の自主独立主義ではなく、

俺たちは誰よりも凄いの超優越主義。

公共事業が頭打ちになると差別主義を強化して敵を作り、

それはユダヤ人から国外へと拡大してゆく。

 

013
  

おかしいと思う人は勿論いたが

「賢者の理性より馬鹿の感情に訴えろ」

という有名な言葉通り、

インチキでもペテンでもカッコ良く言いきってしまえばよい。

「騙されてない?詐欺かもしれないよ」

なんていう奴は弾圧で黙らせてしまえば、

あとは一方的な刷り込みあるのみである。

一度信者になってしまえば、そう簡単には動揺しない。

 

017

 

「ユダヤ人を殺戮したという事実は

歴史の深い爪痕として残ってるよね」

 

悪魔の所業であるが、

マキシム機関銃に始まる大量殺戮兵器は

エスカレートにエスカレートを重ね、遂に

核兵器を使用するに至る。

「人類は自分を絶滅させうる手段を手に入れた」(チャーチル)

 

核の犠牲となった日本。

核の使用は許し難いことだが、他方

何故対米戦に踏み切ったのかについては疑問が尽きない。

末期の清朝や帝政ロシアじゃあるまいし

アメリカには早期講和に応じなければならない理由がない。

積極的だったのは陸軍だけだが、

日露戦争当時と大差ない陸戦兵器しか持たずに

どこからその自信が生まれたのか。

アホなのか深謀遠慮だったのか、

結果は既に出ている。

 

006
  

戦争はなくせないものなのかという眞鍋さんに先生、

歴史をよく学び記憶する、それも自分の立場だけではなく

多方面から見ることが必要だ、と。

 

023
  

「相手の立場に立つって難しいですよね」

でも、それこそが必要なのだと眞鍋さん。

 

ついでだが、

単純明快な言い切り話法と

敵を作りたがる人には気を付けよう。

 

|

2016年1月16日 (土)

帝国の崩壊から超大国の出現へ~マジカルヒストリーツアーは第一次大戦とロシア革命

 

004
    

眞鍋かをりさんのマジカルヒストリーツアー

今回は第一次世界大戦とロシア革命

まぁ気の重いテーマである。

 

007
  

「世界戦争というくらいだから

それまでの戦争とは違っていたんだよね」

 

アレクサンドロスやカエサルなど王や皇帝が

自ら軍を率いて対峙する戦争では

一度の会戦で決着がつくことも少なくなかった。

実際、開戦当初は数週間で終わると言われていたが

そうはならなかった。

 

大戦前、東ヨーロッパの地図は至って簡潔なものだった。

ポーランド、チェコ、スロバキアといった国々はなく、

セルビアより北はドイツ帝国、オーストリア=ハンガリー帝国、

ロシア帝国によって分割されており、南にはオスマン帝国。

挟まれるようにルーマニア、ブルガリアなどがひしめいていた。

そして大戦の結果、四つの帝国は全て滅びるのである。

 

 

帝国主義列強の利害対立で

欧州の雲行きが怪しくなり始めた頃、

アメリカからオッサンが一人ひょこひょこやってくる。

ライバル蹴落としに熱心だったエジソンの策謀で

アメリカを追い出された発明家、ハイラム・マキシムである。

 

「欧州では変圧器なんかより武器の方が儲かりまっせ」

余計な助言を真に受けたオッサンが開発したのが

日露戦争からベトナム戦争まで使い続けられることになる

マキシム水冷式機関銃である。

史上初めての実用機関銃だ。

工業製品としては優秀だったかもしれないが

悪魔の発明に他ならない。

 

マキシムの発明が猛威を振るうきっかけとなるのは

マルヌの会戦。

ベルギーを突破した独軍は

たちまちパリまで50㎞に迫るのだが、

ここで英仏軍の反撃に遭う。

両翼を仏軍に包囲され、

中央の空隙に英軍の進出を許すと退却を余儀なくされる。

 

だが、英仏軍も追撃はできない。

開戦から一カ月で備蓄弾薬の大半を使いきっていたのだ。

死傷者もお互い20万人を超えている。

こうして塹壕を掘って睨み合うことになるのだが、

狭い所では幅100mもないその中間地帯は

マキシム機関銃の支配するところとなった。

英独露など敵味方ともマキシムを装備していたのである。

 

相手の塹壕の位置は分かっているのだから

火力はその水平面に集中すればよい。

そんなとこにのこのこ出てゆくのは自殺行為だが、

無謀にもそれが繰り返され、双方合わせて

死傷者100万人(!!)に達しようかという凄惨な戦闘が続いた

イープルでは今でも土木工事などすると

当時の人骨が出てくるという。

 

 

それを打開せんとして火炎放射器、毒ガスなど

悪魔が悪魔を呼ぶ。

飛行機、潜水艦、タンク(燃料タンクのタンクだが、

スパイを欺くために戦車をこう呼んだ)も現れ、

激しい消耗戦は国力を結集した総力戦となる。

 

こうなると戦争は戦場に止まらない。

商船を狙った通商破壊戦や都市への戦略爆撃

相手国域内での騒乱の画策も行われた。

アラビアのロレンスが有名だが

ドイツも南アフリカやアフガニスタンで策動し

レーニンの帰国を黙認したのもその一環である。

 

帝国主義国同士の利害争いなど人民には何の得もない。

とっととやめちまえーそう叫ぶレーニンは

短期的にはドイツにとって都合がよかったのである。

 

008
  

「レーニンって聞いたことある。何した人だったっけ?」

 

長引く戦争による物資不足が深刻だったロシアでは

「パンをよこせ」と叫ぶ女性労働者のデモが軍の反乱に発展

3月革命で帝政が倒れる。

だが新政府が戦争を続行したため、

レーニンの指導による11月革命が勃発。

ロシアは戦争から離脱する。

 

これにより東部戦線の軍を

西部戦線に振り向けることができたドイツの思惑は

当たったかに見えた。

だが、物資不足はドイツでも深刻であり、

革命はドイツにも波及。

ドイツ皇帝も退位することになるのである。

 

22歳の時、市場理論で世に出たレ-ニンは、

四か国語の文献数百を数カ月で読破し、

「唯物論と経験批判論」という大著を

一カ月で書き上げてしまう頭脳の持ち主である。

立場の違いはどうあれ只者ではなく、

凡人が論戦を挑んで太刀打ちできる相手ではない。

 

その圧倒的な指導力によって

諸外国との干渉戦争を強権をふるって乗り切った。

だが、戦時統制経済を平時体勢に戻しかけたところで没し

後釜に座ったのがスターリンである。

 

010
  

「レーニンが理想とした社会主義って

どんな社会だったんだろう?」

質問の答えには正確さが必要だ。

 

「国家と革命」でレーニンが述べるところによると

資本主義のブルジョア民主主義に対し

社会主義はプロレタリア民主主義。

階級格差の拡大ではなく縮小を目指し、

それに伴って国家の役割も次第に縮小。

階級消滅と同時に国家も消滅するとしている。

つまり無階級社会である共産主義社会に

「共産主義国家」は存在しない。

 

だが、スターリンが作り上げたのは

戦時統制経済の常態化であるばかりか農業を含む

あらゆる経済活動、学術文化まで国家の統制下に置く

超巨大国家による超国家主義体制であった。

これを社会主義と呼ぶかは議論が分かれるところだが

少なくともマルクス的定義での社会主義ではない。

 

とはいえ、自活可能な資源を持ち労働力も豊富、

足りなきゃ粛清で奴隷労働をつくりゃいいスターリン体制は

資源と労働力の重点配分が可能。

半封建的農業国だったロシアは

恐るべきスピードで大工業国ソ連へと変貌するのである。

 

006
  

「私が最初に習った社会科ではソ連って国、あったよ」

と眞鍋さん、

「全く新しい形の大国ができてくるんだね」

 

一方、戦争特需に沸いたアメリカは貿易を4倍にも増やし、

債務国から債権国へと一変。

英仏が負けると債権が焦げつくからと

大戦に参加して儲けを確保すると

大戦で疲弊した欧州諸国に替る

超大国への基礎が出来上がっていた。

 

ソ連との交易がなかった西欧諸国にとって

ソ連の経済発展も当面はさしたる脅威でなかったが、

それより身近なところで新たな脅威が台頭することになる。

てことで次回は第二次大戦である。

 

|

2016年1月12日 (火)

始まった帝国の崩壊、とヒストリーツアー

 

001_2

 

さぁ年も開けたし再開しようマジカルヒストリーツアー。

いよいよ20世紀ということで「近代中国の始まり」。

でもその前に、扱ってきたのは

「明の時代までだったよね」と眞鍋かをりさん。

「明は漢民族の王朝だったけど清は?」

女真族改め満洲人の王朝ですわ。

 

満洲人単独の国としては渤海があり起源は古い。

北宋を滅ぼし、チンギス・ハンに滅ぼされた金もまた然り。

ヌルハチ率いる満洲八旗が勃興し後金を名乗る。

それが清となり明を併合する訳だ。

乾隆帝の代にはチベット、モンゴルをも併合し大帝国となる。

 

005
  

でも、圧倒的多数の異民族を

どうやって支配したんだろうと眞鍋さん、

さぁそれが満漢全席ですわ。  

熊の手の平、ラクダのこぶ…ゲテモノというなかれ

漢人と満人はこれから仲ようしまひょと開かれた

豪華絢爛、山海の珍味を結集した宴会料理なのだ。

 

せっかく宴会したのだからと

漢字と満州文字を併用し、漢人の官僚も登用した。

ただし、満人と漢人の婚姻を禁止したのは

同化を避ける為か。

それでいて満人特有の辮髪は漢人にも強制した。

カンジンなとこは妥協しない。

 

007
  

そして満人の長であると当時に中国皇帝であり、

モンゴルのハン、そしてチベット仏教の守護者、

「四つの顔を持っていたから支配できたんだね」

「でも、辮髪って中国の風習だと思ってた」

 

だが、我が帝国には何でもある。交易など不要じゃ

などと奢っていたもんで産業革命の波に乗り遅れる。

そこに現れたのがもう一つの世界帝国、

大英帝国である。

 

021_2
  

緑茶も紅茶も烏龍茶も原料は同じ茶の葉

ってことで紅茶好きの英国人は

大量に中国の茶の葉を輸入していて貿易赤字。

自由貿易を拒否られていたのでやったのが

アヘンの密輸。

 

「自由貿易」とは聞こえがいいが

早い話が要求する側の強者の論理。

自由にやらせてくれたら市場を支配できる

と思うから要求するのであって、逆なら要求しない。

 

アヘン貿易の取り締まりに

強者の論理をむき出しにした大英帝国は

武力に打って出る。

麻薬を禁止しやがったから戦争だ・・・って、

まるでマフィアの屁理屈である。

 

白蓮教の乱などで既に民心が離れつつあった清朝

内陸に英軍を引きずり込んで

補給線が伸びきったところを・・・なんてのは

人民が清朝に忠実であってこそできること。

金払いのいい英軍の方がいいや

と協力されたのでは実も蓋もない。

 

042
  

そんな少数支配故の弱点を

イギリスは掴んでいたのだと先生。

中国では蒸気船の燃料が入手不可能なので

イギリスにとって短期決戦が勝利の条件。

奴らに長期戦はできぬ、ふっふっふ・・・

そう確信しての開戦だったと指摘した。

 

敗戦により弱体化著しい清朝。

こらあかんと洋務運動なども起こすのだが、

ボロ負けした海軍を立て直そうと軍艦を発注した先が

一足早く工業化を進めていた大日本帝国ときたもんだ。

日清戦争では日本から受領した新鋭艦を

当の日本に沈められて敗退。

遂に辛亥革命により清は滅ぶのである。

 

037  

 

「いろんな国とのかかわりで動く

グローバルな時代になったんだね」

と眞鍋さん。

中国は長い内戦の時代へと突入し

ヒストリーツアーは二度の大戦へ・・・

考えるだけで気の重いテーマとなる。

 

|

2015年12月29日 (火)

ややこし過ぎるぞ動乱の中南米とヒストリーツアー

 

026
  

さて、マジカルヒストリーツアー、

今回はラテンアメリカ諸国の独立。

といっても国が多いのでメキシコにスポットライトを

ってことなのでシモン・ボリバルは出てこない。

メキシコだけでも混乱を極めたその政治史、

簡潔にまとめるのは不可能なので、まぁ仕方ない。

 

発端はイダルゴ神父主導の民衆蜂起。

メキシコ生まれのスペイン人だが

混血や原住民にも人望があった。

軍人だったアジェンデもこれに加わり、何度か政府軍を破る。

だが、怒りに任せた蜂起は暴走を生み、

白人と見たら虐殺してしまうので

これでは例え勝っても、その後の政権運営が展望できない。

 

結局、裏切りによる待ち伏せで

二人は捕まり、処刑されてしまう。

 

037
  

「もうちょっとだったのにね~」と眞鍋さん。

でも、1821年、ひょんなことから独立を果たす。

スペイン本国でクーデターが起こり、

立憲君主制に移行するのだ。

 

だが、法の下での平等を謳う立憲主義に賛同

・・・・したからではなく、その真逆。

立憲君主なんて認めんぞ、王権は絶対だぁっ

と叫んでの独立。

えぇとね・・・・ほな、王様はどうするの?

 

てことで欧州各地の王族に

王様になってくれまへんかと呼びかけるのだが

相手にされず、身内から皇帝なんぞを担ぐ。

そんなに王様が大事なら

スペイン国王への忠誠を貫くのが本筋

のように思えるが、よう分からん話である。

 

できあいの皇帝が3年で退位して大統領制になるのだが

そこで台頭してきたのがサンタ・アナ。

テキサス独立運動が起こると鎮圧に出かけ敗北。

捕虜となってアメリカに送られる。

この時、金で領土を売却する話を持ちかけていたらしいが、

メキシコに戻ると反故にする。

で、再び戦争になり、また負ける。

結果、メキシコは北米大陸の領土のほとんどを失う。

アナがあったら入りたい体たらくだが、

こんなオッサンが11回も大統領になるってどーよ。

 

その後、保守派と改革派の間で内戦状態となるのだが、

おりしもアメリカは南北戦争でそれどころじゃない。

しめしめと触手を伸ばしてきたのが

これまたどーよのオッサン、ナポレオン三世。

メキシコシティーを占領し、なんと名門中の名門

ハプスブルグ家を口説いてオ-ストリア皇帝の弟、

マクシミリアンをメキシコ皇帝として送り込む。

 

044
  

「いやぁ~大変な時に来ちゃったね」

眞鍋さんも思わず同情のマクシミリアン。

写真や肖像画で見ると立派な髭を生やしたいいオッサンだが、

実は皇帝になったのは31歳の時。

老けるにも程があるぜ。

 

そもそも内戦は改革派が優勢。

フランス軍あっての皇帝だったのだが

そのフランス軍、プロイセンとの戦争必至と

マクシミリアンを見捨てて引き上げてしまう。

それでも逃げ出すことなく踏み止まったマクシミリアン。

律儀なのか若気の至りなのか

敗北し、処刑されてしまう。

34歳であった。

 

ハプスブルグ家が激怒したのは言うまでもなく

ナポレオン三世は普仏戦争にあたり

オーストリアの協力をあてにしていたらしいが

さよかと応じる訳がない。

オッサンも敗北し地位を失うのである。

 

046_2

 

だが、短い治世だったにもかかわらず、

マクシミリアンは遺産も残した。

 

教養人でもあったマクシミリアンは

人権思想にも一定の理解があり、

皇帝として最初に定めた法律が

児童労働の禁止と労働時間の制限。

改革派との和解も模索し、

時代遅れな守旧派にとってはあれあれって存在だった。

 

そして提唱したのが

アステカ文明に光を当てたアステカ学だ。

 

051
  

それでは何故、先住民の文化を尊重しなかったの?

眞鍋さんの当然の疑問。

近代化を阻害すると考えた、

伝統と近代化の融合は多くの国に共通する課題だった

と先生はおっしゃる。

伝統にウエイトを置き過ぎると

なんでヨーロッパ人が支配してんだってことにもなるだろう。

 

1910年には再びメキシコ革命が勃発する。

てことでヒストリーツアーも20世紀に突入だ。

 

|

より以前の記事一覧