旅行・地域

2009年11月13日 (金)

黒髪眞鍋さんと欧州伝説

かねてより切望していた眞鍋さんの旅行先、

イギリス、フランスに落ち着いたらしい。

普通に芸能人っぽくて、むしろ意外。

来年の正月は長期の休みが取れるという。

海外では黒髪で日本をアピールしたいそうなので、

お正月眞鍋さんは黒髪か。

 

イギリスと言えば、昨今、魔法使いが登場する

イギリス発の物語が映画や本で売れている。

元を辿ると、ブリトゥン人が信仰したドルイドにあるらしい。

後からやってきたローマ人やサクソン人には

これがいかにも神秘的に映ったらしく、

征服された後、地下(比喩的な意味ではなく、ホントの地中)

に潜って魔法使いになったというのだ。

アーサー王やマーリンの物語である。

 

アーサー王のモデルが誰だったのかは永遠の謎だが、

「アーサー王の死」というタイトルからして、征服された側、

ケルトの王であろうとする説が有力だ。

それでは、アーサー王に追われながら、

最後の危機にフランスから救援に駆け付ける

忠臣にして最強の騎士、サー・ランスロットは?

 

フランスから来た強い奴、

アーサー王を倒した敵を打ち破る

などからしてノルマンディー公ギヨームと考えると辻褄が合う。

「時代が合わんではないか」と我ながら思うが、

アーサー王伝説は明らかに後世加筆されている。

後半、唐突にキリスト教の聖杯物語が登場するのはその表れ。

テンプル騎士団にも神秘主義的傾向があったので、

伝説と結び付けやすかったのではあるまいか。

 

辻褄の合わないことは古い物語にはつきもの。

モーゼの出エジプトもエジプトの記録にはない。

クリームヒルト姫の復讐劇は、

身分違いの恋人を兄に処刑されたローマ皇帝の妹が

「兄を倒してくれたら結婚してやる」と

強面のアッティラ大王に持ちかけたという

どうやら本当らしい話がベースだ。

 

だが、舞台は

ローマ時代ではなくブルグントに置き換えられている。

東に国境を接していたのは

やたら腕っ節の強いモンゴル系騎馬民族アバル。

だが、物語で姫が輿入れした先は

既に同化・消滅していたはずのフン族である。

アバルもフン族がローマに割譲させた土地

(フンガリア=ハンガリー)にたむろしていたし、

どっちもアジア系なので、「まぁいいや」とか思ったのだろうか?

 

アバルも謎に満ちた人々である。

モンゴル人は他にも中東や中央アジア、インドなど

至る所に国を作っては去っていった。

古いバイキングの墓地から発掘された骨からも

モンゴル系のDNAが発見されている。

土着性が希薄で、どこにでも現れる。

どこに行っても喧嘩が強い。

 

あの時代に黒髪眞鍋さんがフランスに現れたら、

現地の人々、泡食って逃げ出したかもしれないね。
 

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2008年5月12日 (月)

夜の瀬戸内

満艦飾のランプを煌々と照らした漁船がすぐ近くに見える。

石を投げたら届きそうだ。

そう思って足元を見回す。船の上だから、石ころなんて落ちてる訳ないか ・ ・ ・ と、思ったら

あった!

石ころではなく、コンクリートの破片だったけど。

これなら最低100メートルは投げられる。たぶん、漁船との中間あたりに着水するはず。

そう思って、思い切り助走をつけて投げた。

目の前に落ちた。

はぁ!?

距離感が狂っているのだ。見通しの悪い都会に住んでいるから。

そういえば、山頂から眺めた黒部の湖も、手近な水溜りに見えた。

フェリーの最上甲板 ( カンパンと読むのは軍艦。商船ではコウハンと呼ぶのが正しい ) 。ほとんど全員が酔っ払って、当然、私も定量のボトル三分の二をとっくに過ぎた頃、一斉にみんなが黙った。

酔っ払った目を、全員、一つの方向に向けている。

明石海峡大橋

凄い!

そして、近い!

フェリーのマストがぶつかりそうだ。

勿論、距離感が狂ってるからなんだけど。

一同、息を呑んで近づく世界最長の橋を見守る。

マストが橋の下をくぐった瞬間、なぜか拍手が沸き起こった。

おぉ ・ ・ ・  というどよめきとともに。

「横浜なんかに住んでたら、ロクな魚は食べられんだろう」と、母方の祖母が明石鯛の塩焼きを送ってくれたのが小学生の時。

「されば港の数多かれど~」 ・ ・ ・ 横浜市歌を今も歌える私には余計なおせっかいに思えたけど

旨かった!

目からうろこが百枚くらい落ちて、世界観が変わった。

我が一族は、姫路を府中とする播磨の武家。毛利に敗れて羽柴秀吉を頼った時も、この海を渡って落ちていったのかもしれない。

今でも、年に数回は鳴門海峡を眺める。

近いし

 

ネット接続の不具合で、自分のブログにもアクセスできないまま夜が明けた。

気が付いたら「ココだけの話」が更新されていた。

鎌倉プリンスホテルのインタビューでも瀬戸内の話をしていたっけ。

海でアサリだったかハマグリを採り、帰り道で畑 ( 他人の ) から葱を抜いて家に帰ると、パーマンの母が調理してくれた ・ ・ ・ って、テレビでも話してた。

でも、「おもいっきり」のリハも早いんじゃないの?

バカボン画いた人も、心配してるよ、きっと

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2008年4月 5日 (土)

風を見た

「風を見た!」

と言ったら笑われた。当たり前だ。フツーは見えない。だが、確かに、顔の前を何かが通り過ぎたような ・ ・ ・ 

こちらと思しき方角を見ると、壁と柱の間に光が漏れている。

こっ、これはっ!いわゆる隙間風というアレだ。長屋 ・ ・ ・ ではないけど、築40年のボロ屋だから、修繕が必要か。

まっいいや。どうせ季節はこれからどんどん暖かく、そして暑くなる。風通しが良くて結構ではないか。

コーユー身体になると三ヶ月以上先のことは考えなくなる。一週間以上先の約束もしない。ローンも組まなきゃ借金もしない。切腹前の武士の心構えだ。取り敢えず生きていれば、その先はその時考える。加茂川の飛び石を渡っているような ・ ・ ・

そう言えば、イタリア人と一緒にあの飛び石を渡ったことがあった。喜ぶかと思ったら、このフィレンツェ野郎

「何でもっと整備しないんだ」とかぬかしおった。

愚か者め!だからお前の街は海に沈んじまうんだ!

ここは一つ、ヤマト民族代表としてガツンと渾身のノーガキをたれてやらねばなるまい。耳の穴かっぽじってよっく聞け!

この川に住む大鰻の話だ。気の弱い大蛇がのけぞるほど、そいつはでかい。蒲焼にしたら10人前は軽いだろう。遠い海で生まれたそいつは、はるばる海を越え、汚い淀川を突破してここに辿り着く。150万市民とその何倍もの観光客でごった返す、あの四条大橋の袂にだ!

「Dio!」 ・ ・ ・ ん?なにゆうとんねん。

鰻だけじゃないぞ。あのユリカモメの大群を見よ。餌がなきゃ、こんな人の多いところでたむろする訳がないだろう。ここでは人もまた自然の産物として生きている。ただ自然を自然のまま放置するのではなく、互いに相手を利用しながら共生秩序を作り上げてきたのだっ!自然とともに生きんとする日本人の知恵と願いが集結し、山や川、地下にまで重層的に蓄積されてこの街は築かれている。だからこそ、この街は今もって日本の都なのだ。神社仏閣は表層に過ぎぬ。その心をこそ知るべし!造っては壊し、壊しては造って土建屋が大儲けしてるどこぞの使い捨てCityと一緒にしてはならぬ!

するとフィレンツェ野郎、

「Sei il massimo!」

とか何とか言って私の肩を叩いた。よくワカランが、何か通じたのだろう。笑ってたし ・ ・ ・ 。

ここで私は我に返った。そうだ!最後に京都に行ってからもう2年になろうとしている。そうか ・ ・ あの街の空気を吸わず、2年も澱んだ空気の中で暮らしてりゃ、煮詰まるのも道理だ。

京都へ行こう!

桜のシーズンで観光地は人だらけだろうし、ここは少し時期をずらして常寂光寺に行こう。あそこの桜は市内より一ヶ月は遅い。世間的には紅葉で知られる場所なので、この季節、訪れる人も少ないはずだ。どの途、車を降りたら100メートルの行動半径しかない私だが、あの桜は駐車場の傍らに立っている。

「風を見た」お陰で一つ目標が出来た。ポジティヴにもなれた。良かった。

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