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2021年2月17日 (水)

古代史雑感ー国家の起源-

 

国家の起源といっても「家族、私有財産及び国家の起源」(マルクス)

の向こうを張ろうという訳ではない。

まぁ雑談程度の話である。

なんせ近年、当家の近所が古代史番組で取り上げられるもんで

ついつい妄想が膨らんでしまうのだ。

 

既に書いたように当家のすぐ近くで最古の銅鐸が発見されている。

縄文の文様が描かれた銅鐸だ。

大阪平野では弥生遺跡から縄文の祭祀具が多数発掘されており

縄文集落跡と弥生集落跡が隣り合わせだったりと

縄文と弥生が融合していったことをうかがわせる。

祭祀具に見られるように縄文の神々も融合したかもしれないが

これは後述。

 

それより銅鐸だが、これが次第に大きくなり

遂には寺の梵鐘かよって程デカくなる。

実用性度外視。

どやデカいやろって権力のシンボルとなったらしいのだ。

 

農耕が盛んになると集落の規模も大きくなる。

食料供給が安定すると人口も増え集落はさらに大規模化する。

すると土地や水の権益を巡って集落同士の利害対立が起きる。

それを調停する為、一つ上の権力が作られ、

大集落は集落連合へと進化する。

銅鐸巨大化の背景である。

 

巨大銅鐸には二つの流派が生まれ、

東海と近畿で威張り合っていたらしい。

で、もうやめようやと琵琶湖畔に参集。

双方を超越した頂上権力として新たな王を頂くことにした。

それが卑弥呼だというのである。

 

面白い話ではあるが、

争いを静めるにはオッサンより女王がいいと一致した

って下りは面白過ぎる気がする。

古代はそもそも母権制社会だったとの見方もあるし。

それより、当時最大の集落連合は

もはや国と呼んでいいほど発達した伊都国であり

大陸との交流もある(漢字も既に使われていたらしい)

文明開化な国の主を統一王座に就けようと大和に招いた

って説の方が信憑性がある。

 

伊都国は現在の福岡県。

卑弥呼のシンボルとされる八光芒(八花弁)の銅鏡は

大和と福岡の双方で見つかっている。

同時に巨大銅鐸は意図的に破壊され、銅鐸の時代は終わる。

銅鏡と太陽信仰の始まりである。

  

  

  

ちなみに弥生というと水田稲作となるが、

二毛作三毛作が当たり前の南方のもの。

一年に一度しか収穫できない日本で

米の生産が需要に追いつくのは1960年代のこと。

弥生人がたらふく米を食ってたはずはない。

 

水田稲作の知識も当然、南方からだろうが、

知識の伝搬と民族大移動は不可分のものではない。

中国北部といえば麵=小麦畑作だが、

小麦は西方より伝来したもの。

かといって小麦と麺文化を持った人々が

餃子を食いながら民族大移動してきた訳ではない。

当然、中国北部から日本に移動してきた人々が

水田稲作を知っている訳もない。

 

知識の伝搬ルートはやはり海だろう。

なんせ台湾南部当たりの人々は半端じゃない。

フロート付きの丸木船で二千年前にはハワイに到達。

ニュージーランドから果ては南米とも往来していた

驚くべき航海術の連中である。

黒潮に乗って魚群を追いかければ勝手に到着する

日本に行くことなど冒険にもならなかったろう。

 

古来より日本には、

船に乗った神様が色々知識を授けてくれた的な伝説が各地にある。

イザナギ、イザナミもつがいの鯨(イサナ)であるとの説がある。

イザナギ、イザナミが最初に降り立ったとされる島は

今は淡路島の丘である。

そこが島だったのは何時頃かというと縄文時代らしい。

イザナギとイザナミは弥生の神のはずだが・・・

縄文の神話と伝承が融合した結果かもしれない。

知らんけど

  

続く

 

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