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2019年1月 7日 (月)

ネット史と共に歩む眞鍋さん

 

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おっと眞鍋かをりさん、ネットが電話回線だった頃、

乗っ取りで高額請求されたことがあったのか。

あの頃は遅いし重いし、これしきの情報量で

なんでこんなに時間がかかるのか・・・と考えたら

電話代が気になってはあまりのめり込めなかったな。

ただ、ピーガーって音は70年代から聞いていた。

すでに原稿は電話回線で送る時代だったので。

 

という事で「平成ネット史(仮)」の眞鍋かをりさん。

眞鍋さんといえばブログの女王という事で

 

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こんな懐かし映像も。

 

「握手会に来てもらっても

『ありがとう』を言う場所がない」

いかにも眞鍋さんらしい

思いやりと優しさから始めたネット

ブログの普及でドンとはじけた。

 

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「優等生みたいに思われていたし、

違う面も見せたかった」っていうの、

眞鍋さんを先駆けにしてその後、普通になってゆく。

 

まぁしかし、ネットの匿名性をいいことにした

罵詈雑言も増えてきて、

「精神を病むアイドルが続出した」と眞鍋さん。

 

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きっかけはうっぷんの捌け口と化した2ch.だが、

事務所が閲覧規制することもあったとか。

でも今はスマホだしSNSもあるから無理だろなぁ。

 

そのモバイル化にもかなり先んじていた眞鍋さん

「まさにそのポケベル持ってました」

にどよめくスタジオ。

96年発売のだもんね。

 

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数字で文字打ちする為、

公衆電話に並んだそうだけど・・・

 

運転中でも食事中でも構わず鳴りやがる

ポケベル、携帯は苦手だったなぁ・・・。

当方の場合、電話それ自体が嫌いになって、

仕事上の必要がなくなるとすぐ捨てた。

 

012


でも古いドラマの再放送か何かを見た人が

「何ですれ違うのか分からん」とバズッてた、

と眞鍋さん苦笑い。

「どこにおんねん。は?そこちゃうがな」

ってTELすればいいしね、今は。

 

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次元の違うスマホが登場すると

これまたフル活用の眞鍋さん、

飛行機のチケット取って宿泊先の予約をして、

道が分からなければ地図、

言葉が分からなければ翻訳アプリ

一人旅の眞鍋さんにとって

「何でもできる」必須アイテムだった。

 

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「でも、今の若い人、このまま使い続けるかなぁ」

と疑問も呈する眞鍋さん。

同年代の人には疲れて離れて行く人も。

 

ブログは過去記事アクセスがしやすく

資料性も高いから別格として、

SNSをあれもこれも全部やってる人って

年齢を問わずまぁおらんわ。

仕事しろよって話。

 

そんなことあるかと中国の話をした人がいたけど、

SNSのアカウント情報が金融機関に直通って、

先進民主主義国なら法的問題になりまっせ。

 

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