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2017年9月18日 (月)

鮮やか眞鍋さん司会の7番、いや8番?勝負

 

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「さぁっ、テレビ大阪の狭い楽屋に濃いいメンバーが」

と眞鍋かをりさん、ちょっと懐かしさもある楽屋からスタート。

7番勝負と銘打った「大阪秋の陣」。

土曜日の生放送だったのだけど

諸般の事情により本日にずれ込み。

 

003

 

濃いいメンバーを引き連れて楽屋入りした眞鍋さん、司会席に。

お馴染みだったこの風景も懐かしい。

 

7番勝負といってもテーマはあれやこれや。

エピソードの「熱さ」を各自スイッチを叩いて

モニターに表示しようというもの。

分かったような分からないような・・・

 

008

  

でも眞鍋さんの進行は歯切れよく

テンポも軽快で鮮やかそのもの。

「道頓堀の歌があるんですか?」

と嘉門タツオさんに振ってみたり

「なんかオネエのイベントがあるそうで」

とオネエタレントさんに振ったりも

テンポと間が面白い。

文章では上手く伝えられないのが残念。

 

007

 

「当時の熱狂を味わってみたかったですね」

なんて言うのは、眞鍋さんが生まれる前の大阪万博。

 

EXPO70、にぎやかだったねぇ。

「1970年のこんにちわ~♪」

なんて歌がテレビで毎日のように、

それも全国規模で流れて、

まさに国を挙げてのお祭りムード。

 

この手の行事はオリンピックくらいしかなくて珍しかったし

外国人というだけでサインをねだったのもその表れだ。

固定相場制だったのでインフレでも為替相場に影響ない

ってことで大卒初任給が10年で8~10倍になるほど。

元本が目減りするから借金しないと損。

信用が膨張し消費は拡大、大規模投資もやりやすかった。

 

でもこれは1970年が最後。

翌年にはドルショックで固定相場制が崩壊し

73年の石油危機で長期停滞期に入る。

万博のお蔭で良くなったなんて言える状況ではないが、

それはたまたま時期が重なっただけ。

 

ゲバ学生・・・って分からない人もいるか、要するに

ヘルメットと覆面で角材を振り回す反代々木系って、

つまり反日本共産党系の暴力学生のことだけど

連中が孤立化し消えていったことも万博とは

一切、1ミリも関係ない。

それはたまたま時期が重なっただけ。

 

ゲバ学生を追い出す為に

教職員や学生がどんだけ苦労したかを思えば

「万博のお蔭」なんて自画自賛が過ぎるだろう。

当方が入学した頃は腑抜けの残党が少数いただけ。

「そんなに暴力が好きなら勝負しよう」と

タイマン勝負を持ちかけたら

「ぼ、暴力だぁ~」なんぞとわめいて逃げていった。

まだ何もやってへんっちゅ~に

 

それは兎も角、今と当時では

国内的にも国際的にも事情が大きく異なるので、

単純に夢よもう一度とはならないことを踏まえて

傾向と対策を考えることが必須条件だろう。

 

015

 

さて、流れるように進めてきた眞鍋さんだが、

最後の一番となった時、何やら台本をじっと見つめて

・・・・アレ?どうしたのかなと思ったら

 

「7番勝負ということでお送りしてきましたが」

は?

「やってみたら8番勝負でした!」

なんじゃそら

「こんな番組ある~っ!」

 

ということで、想定外のオチで幕となったのでありました。

 

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