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2016年1月16日 (土)

帝国の崩壊から超大国の出現へ~マジカルヒストリーツアーは第一次大戦とロシア革命

 

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眞鍋かをりさんのマジカルヒストリーツアー

今回は第一次世界大戦とロシア革命

まぁ気の重いテーマである。

 

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「世界戦争というくらいだから

それまでの戦争とは違っていたんだよね」

 

アレクサンドロスやカエサルなど王や皇帝が

自ら軍を率いて対峙する戦争では

一度の会戦で決着がつくことも少なくなかった。

実際、開戦当初は数週間で終わると言われていたが

そうはならなかった。

 

大戦前、東ヨーロッパの地図は至って簡潔なものだった。

ポーランド、チェコ、スロバキアといった国々はなく、

セルビアより北はドイツ帝国、オーストリア=ハンガリー帝国、

ロシア帝国によって分割されており、南にはオスマン帝国。

挟まれるようにルーマニア、ブルガリアなどがひしめいていた。

そして大戦の結果、四つの帝国は全て滅びるのである。

 

 

帝国主義列強の利害対立で

欧州の雲行きが怪しくなり始めた頃、

アメリカからオッサンが一人ひょこひょこやってくる。

ライバル蹴落としに熱心だったエジソンの策謀で

アメリカを追い出された発明家、ハイラム・マキシムである。

 

「欧州では変圧器なんかより武器の方が儲かりまっせ」

余計な助言を真に受けたオッサンが開発したのが

日露戦争からベトナム戦争まで使い続けられることになる

マキシム水冷式機関銃である。

史上初めての実用機関銃だ。

工業製品としては優秀だったかもしれないが

悪魔の発明に他ならない。

 

マキシムの発明が猛威を振るうきっかけとなるのは

マルヌの会戦。

ベルギーを突破した独軍は

たちまちパリまで50㎞に迫るのだが、

ここで英仏軍の反撃に遭う。

両翼を仏軍に包囲され、

中央の空隙に英軍の進出を許すと退却を余儀なくされる。

 

だが、英仏軍も追撃はできない。

開戦から一カ月で備蓄弾薬の大半を使いきっていたのだ。

死傷者もお互い20万人を超えている。

こうして塹壕を掘って睨み合うことになるのだが、

狭い所では幅100mもないその中間地帯は

マキシム機関銃の支配するところとなった。

英独露など敵味方ともマキシムを装備していたのである。

 

相手の塹壕の位置は分かっているのだから

火力はその水平面に集中すればよい。

そんなとこにのこのこ出てゆくのは自殺行為だが、

無謀にもそれが繰り返され、双方合わせて

死傷者100万人(!!)に達しようかという凄惨な戦闘が続いた

イープルでは今でも土木工事などすると

当時の人骨が出てくるという。

 

 

それを打開せんとして火炎放射器、毒ガスなど

悪魔が悪魔を呼ぶ。

飛行機、潜水艦、タンク(燃料タンクのタンクだが、

スパイを欺くために戦車をこう呼んだ)も現れ、

激しい消耗戦は国力を結集した総力戦となる。

 

こうなると戦争は戦場に止まらない。

商船を狙った通商破壊戦や都市への戦略爆撃

相手国域内での騒乱の画策も行われた。

アラビアのロレンスが有名だが

ドイツも南アフリカやアフガニスタンで策動し

レーニンの帰国を黙認したのもその一環である。

 

帝国主義国同士の利害争いなど人民には何の得もない。

とっととやめちまえーそう叫ぶレーニンは

短期的にはドイツにとって都合がよかったのである。

 

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「レーニンって聞いたことある。何した人だったっけ?」

 

長引く戦争による物資不足が深刻だったロシアでは

「パンをよこせ」と叫ぶ女性労働者のデモが軍の反乱に発展

3月革命で帝政が倒れる。

だが新政府が戦争を続行したため、

レーニンの指導による11月革命が勃発。

ロシアは戦争から離脱する。

 

これにより東部戦線の軍を

西部戦線に振り向けることができたドイツの思惑は

当たったかに見えた。

だが、物資不足はドイツでも深刻であり、

革命はドイツにも波及。

ドイツ皇帝も退位することになるのである。

 

22歳の時、市場理論で世に出たレ-ニンは、

四か国語の文献数百を数カ月で読破し、

「唯物論と経験批判論」という大著を

一カ月で書き上げてしまう頭脳の持ち主である。

立場の違いはどうあれ只者ではなく、

凡人が論戦を挑んで太刀打ちできる相手ではない。

 

その圧倒的な指導力によって

諸外国との干渉戦争を強権をふるって乗り切った。

だが、戦時統制経済を平時体勢に戻しかけたところで没し

後釜に座ったのがスターリンである。

 

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「レーニンが理想とした社会主義って

どんな社会だったんだろう?」

質問の答えには正確さが必要だ。

 

「国家と革命」でレーニンが述べるところによると

資本主義のブルジョア民主主義に対し

社会主義はプロレタリア民主主義。

階級格差の拡大ではなく縮小を目指し、

それに伴って国家の役割も次第に縮小。

階級消滅と同時に国家も消滅するとしている。

つまり無階級社会である共産主義社会に

「共産主義国家」は存在しない。

 

だが、スターリンが作り上げたのは

戦時統制経済の常態化であるばかりか農業を含む

あらゆる経済活動、学術文化まで国家の統制下に置く

超巨大国家による超国家主義体制であった。

これを社会主義と呼ぶかは議論が分かれるところだが

少なくともマルクス的定義での社会主義ではない。

 

とはいえ、自活可能な資源を持ち労働力も豊富、

足りなきゃ粛清で奴隷労働をつくりゃいいスターリン体制は

資源と労働力の重点配分が可能。

半封建的農業国だったロシアは

恐るべきスピードで大工業国ソ連へと変貌するのである。

 

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「私が最初に習った社会科ではソ連って国、あったよ」

と眞鍋さん、

「全く新しい形の大国ができてくるんだね」

 

一方、戦争特需に沸いたアメリカは貿易を4倍にも増やし、

債務国から債権国へと一変。

英仏が負けると債権が焦げつくからと

大戦に参加して儲けを確保すると

大戦で疲弊した欧州諸国に替る

超大国への基礎が出来上がっていた。

 

ソ連との交易がなかった西欧諸国にとって

ソ連の経済発展も当面はさしたる脅威でなかったが、

それより身近なところで新たな脅威が台頭することになる。

てことで次回は第二次大戦である。

 

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