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2015年12月17日 (木)

民衆が表舞台に登場してきたヒストリーツアー

 

さて、すっかり間延びしてしまったが

続けようではないかマジカルヒストリーツアー。

 

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独立なのか革命なのかどっちやねんのアメリカ。

独立といっても元々住んでいた人々は無関係。

アメリカ支社がイギリス本社の連中を追いだした

という意味での独立。

親族経営を自由で平等な個人の合議制に移した

という意味では革命だ。

 

ところがそれが敵の敵は味方と

独立を支援したフランスに飛び火した。

フランスは議会もなくイギリス以上のアンシャンレジウム。

坊主と貴族は税金も払っとらん。

払えといえば嫌という。

憲法で国の在り方を決めようぜといっても

ワシの好きにしたいからヤダもんときた。

なんやねん。

 

002

 

「一緒に戦ったアメリカが自由と平等って言ってるのに

自分のとこはどうしてってなるよね」

 

てことで革命が起こるのだが、 

しかし、王侯貴族はおらず、

既に経済的に自立していたアメリカと違い

いきなり全てを一回壊してイチから創るのは大仕事だ。

清教徒革命から名誉革命に至るイギリスの革命は、

なんだかんだ言って権力内部の抗争だった訳だが

こちらは革命主体の足場がまだ確立していない。

 

やり過ぎは必ず反動を生むので行ったり来たり。

右翼と左翼という言葉もこの時に生まれたとか。

ロベスピエールの一派は

議場の高い位置を占有していたので

ジャコバン(山岳党)と呼ばれた。

 

足場が確立していない者同士なので

大規模な内戦にはならなかったものの

恐怖政治だギロチンだ暗殺だが続いた後

ブリュメールのクーデターでナポレオンが実権を握る。

ハプスブルグ家からブルボン王家に嫁いでいた

ルイ16世の王妃まで処刑してしまったので

周辺諸国の軍勢が攻め込んでいたし

軍人が台頭するのもまぁありか。

 

ちなみに同時期のイギリスでは既に文民統制が確立し、

軍人に政治的発言力はなかった。

だけどナポレオンは皇帝にまでなってしまった。

 

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ちょっと待ちぃなと眞鍋さん

「共和制に憧れて革命を起こしたのに

皇帝がいたら共和制じゃないよね」

 

そうでんがな眞鍋はん、ボナパルトのオッサン、

調子に乗って周辺諸国を侵略し、近親者を王に据え、

本気で帝国を作ろうとした。

おまけに敵であったはずのハプスブルグ家から

嫁さんを迎える始末ですわ。

 

てなことで得意の軍略も

ガルダ湖やアウステルリッツで見せた冴えが影を潜め、

数で押しまくるようになる。

その典型だったロシア遠征に敗北すると

内線の利を生かした機動戦を復活させるものの

何を今さらと手の内を読まれて敗退、失脚する。

 

その後のフランスは王政復古、七月革命、二月革命、

第二帝政、パリコンミュンと行ったり来たりを繰り返す。

 

020
  

 

「迷走してるみたいに見えるけど」と眞鍋さんだけど、

フランス人はきっとそうは思っていないのだろう。

国力が没落した訳ではないし。

 

ナポレオンも法の下での平等を定めた

ナポレオン法典を残し、戦争が結果的に

人権思想と立憲主義、法治主義を広めることにつながった。

そして、そのナポレオンから独立を果たしたのがハイチ。

中南米の革命の嵐へとつながってゆく。

 

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まさに民衆が主権者として前面に出る

人類史の転機だったんだね。

 

 

蛇足だが、よく話題になるアメリカの銃規制、

広まらない根っこには独立革命の思想がある。

すなわち、人民の武装する権利だ。

外敵は勿論、自国の権力者にもそれは向けられている。

その為、独立戦争後、軍は50人ほどを残して解散した。

米が軍事大国化するのは20世紀に入ってからだ。

超大国化した今も武装する権利が有効か否か、

アメリカ人はどう判断するのだろうか。

 

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