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2015年7月30日 (木)

まなベイビーが目立ち始めたかあの頃眞鍋さんのマジカルジャンプ

 

お、マジカルヒストリーツアーリーダーの眞鍋かをりさん、

衣装がちょっとゆったりになってきた「モンゴル帝国」の回。

これは6月初め頃かそれよりも少し前の感じか。

衣装の変化自体には気付いていたのだが、

その理由については知る由もなかったぜ、あの頃は。

 

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てことで、敢えてそこんとこは見てみぬふりでマジカルジャンプ!

 

テムジンの出世物語は様々語られているが、

まずは部族間抗争を勝ち抜くのに一苦労。

そんなことやってる間に満州族は勢いを増し、

遂に北宋を滅ぼして金を樹立していた。

20世紀まで続く後の清が当初、後金と称していたのはこの為。

 

チンギス・ハンとなったテムジンが征服したのはこの金で、

漢民族国家の南宋は孫のフビライの時代まで生き伸びる。

北方騎馬民族を語る時は満洲人の歴史も見ておかないと

後の清が分かりにくくなる。

 

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遊牧民といえば素朴で平和な人々というイメージだった眞鍋さん。

いやいや「天高く馬肥ゆる秋」には略奪にやってくる

農耕民にとっては厄介で恐ろしい存在。

その抗争史は殷の時代まで遡る。

 

だが、チンギスは

「システムづくりによってまとめることに成功したんだね」

と眞鍋さん。

そのシステムとは何かはテストに出そうなポイントか。

 

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それはともかくモンゴリアンチーズを試食の

チーズプロフェッショナル眞鍋さん

「硬っ!」-パリッと音がした。

 

疾風枯葉を巻く勢いで膨張するモンゴル帝国。

東はポーランド、ハンガリーで欧州騎士団を倒し、

バクダッドを攻略。

誰が止めるのかと思ったら

エジプトのマムルークとジャングル戦得意のベトナム、

海の向こうの日本で進撃は止まった。

 

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一日に100㎞も進んだって、

あの時代にそれは凄いと驚く眞鍋さん。

 

南宋を滅ぼして造船技術を手に入れたエビフライ、

じゃなくてフビライは海の交易ルート開拓を目指し

大都、今の北京に都を移す。

でも、日本攻めの時は船が足りず、

河川用の吃水の浅い船まで動員したらしい。

なので台風には耐えられなかったという実証研究が

いつだったか発表されていた。

 

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でもまぁ海に出たこと自体は成功で

「世界の中心だったんだね」と眞鍋さん。 

 

でも、人口が少なく、したがって

軍勢の数も大したことないモンゴル帝国。

動員兵力は推定4万というから

関ヶ原に集まった軍勢の方がよっぽど多い。

 

ほなどないして支配してましてんといえば、

さぁそれですわとエライ先生、

パイザゆう通行証みたいなんを発行しよりましてな、

これを持っとったら旅の安全は勿論、

駅で馬を乗り換えることも出来ましてん。

せやから商人が帝国を支えた訳ですわ。

 

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「パスポートとチケットを合わせたみたいなものですね」

と眞鍋さん、的確な指摘。

 

それだけではない、駅から駅へ、

馬をとっかえひっかえ走り続ける駅伝によって情報伝達も早く、

欧州勢を下してバルカン半島を狙おうかというバトゥも

「それどころとちゃうさかい戻ってこんかい」の知らせを受け

「さよか」と引き返すのである。

といってもカラコルムには戻らず

キプチャク・カン国を作ってしまうのだが。

 

いずれにせよバチカンの使者が何年もかけた道のりを

数カ月で走破してしまう駅伝ジャムチ。

「遊牧民が広い土地をどうやって支配していたのか

不思議だったけど、分かりました。カギはスピード!」

眞鍋さんが指摘する通り

情報が早く、移動速度が他の倍なら、

倍の軍勢を持つのと一緒なのだ。

 

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