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2015年2月 1日 (日)

悲報に思うこと

 

目を閉じて、じっと我慢。

怒ったら、怒鳴ったら、終わり。

それは祈りに近い。

憎むは人の業ならず。

裁きは神の領域

そう教えてくれたのはアラブの兄弟たちだった。

            後藤健二さんのツイートより

 

謝って済むことではないが、

無力で申し訳なかった。

慙愧の念に堪えない。

 

ISの非道は言うまでもない。

だが、それでは負けず劣らず非道な

アサド政権を支持できるのか。

怒りを抑え、我が国としていかに向き合うべきか

慎重に考えなくてはならない。

 

後藤さんは従来、

自由シリア軍の通行証を持って取材していた。

ISの支配地に入るならISのそれが必要なことも

当然知っていたはず。

「生きて帰ってきます」とは

その補償が得られる目途がついた、

あるいは既に入手したという意味のはずだが

どこでどのような齟齬が生まれたのか。

伝えられたように「騙された」のか?

目的はなんだったのか、湯川さん救出の為だったのか?

一介のジャーナリストにできることとも思えないが、

何かバックがあったのか?

残された疑問は解明されねばなるまい。

 

「後藤さんは勇気をもって

シリアの人々の苦境を世界に知らせようとしてきた」

オバマ大統領は声明で後藤さんの勇気を称えた。

 

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危険な仕事に就く人々は他にもいる。

高所作業員や漁師、消防、警察、自衛官・・・ 

それらの人々がいてこの社会は成り立っている。

危険に飛び込む人々がいて初めて

我々は紛争地のリアルを知ることができるのだ。

「自己責任」というなら「罪を償わせる」必要もなかろう。

 

ただ、安倍総理の朝の発言、

「罪を償わせる」に続いて「人道支援の拡充」を謳い、

「テロと戦う国際社会で責任を果たす」

で締める文脈はどうか。

罪を償わせる為の人道支援とは意味不明だし、

あれでは人道支援に携わる人々が

真っ先にテロの対象とされてしまう。

 

「戦う」に軸足を一歩も二歩も踏み出しておいての

「人道支援」では中東演説の二の舞三の舞。

在外邦人の命を守る意思がホントにあるのか

真意を疑わざるを得ない。

危険な目に遭っても「自己責任」?

それとも自衛隊を出す?

 

終わりなきテロとの戦いに乗り出すのか

平和国家としての貢献の在り方を再構築するのか

冷静に考えてみよう。

 

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