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2013年10月16日 (水)

台風一過前、竹田さんも来ましたゴールデンラジオ

 

台風26号、関東、東北方面の被害はかなり大きい。

「大竹まこと ゴールデンラジオ」の眞鍋かをりさん、

生放送は昨日だったので難を逃れた形だが、

大竹翁は今日もある。

眞鍋さんだって今日もお仕事だろうし、

予定狂ったりしなかったかな?

 

「最大級のデブ」を豪語する髭男爵、

「僕は飛ばされない」と自信満々だったが

転がるという手もある。

大丈夫だっただろうか?

 

20131015
  

まだ平和なスタジオ風景、センターは森恵さん。

残念ながらポッドキャストに配信がないので

どんなやり取りがあったかは分からない。

竹田恒泰さんがゲストに来て、アメリカの政策で戦後、

日本を肯定することは一切許されなかったことが

最近明らかになったというのだが、

なんのことだろう?

 

「米と味噌汁、魚と野菜の日本食を

パンとバター、ミルクと肉に変える」と、

マッカーサーが食からスポーツ、音楽に至るまで

アメリカ化政策を推し進めたのは周知の通り。

1970年代まで米は学校給食に使われなかった。

武道も禁止されたのだが・・・

柔道が東京オリンピックの正式種目になった位だから

縛りはそう長く続かなかったらしい。

 

だが、竹田氏が言いたいのはそういうことではなく、

日の丸とか君が代、憲法改正のことらしい。

どうも右の人は日本という言葉を抽象的に使うので

何を意味するのか分かり難い。

以前、ある市民講座を覗いた時、

「東郷平八郎閣下が教科書に載っていない」

と涙ぐんでいた講師がいたが、似たようなことか?

 

右の人は基本、憲法はダメだが安保はいい

というスタンスなのでアメリカ化政策はいいけど

「日本」否定は許せんということのようだ。

でも、「なんやて?ほな首脳会談やったらへん」

と米大統領に言われたら

「いやいやそれは誤解ですわ」と腰を折るのだから

一貫してないなぁ。

 

日本凄いなと思わせることは一切禁じられたって

そんな事ないぞ。

60年代のコミック誌を閲覧してみよ。

鉄腕アトムや鉄人に混じって

ゼロ戦や日本軍忍者部隊が米軍相手に大活躍している。

 

ややこしくなったのは70年代、

日の丸君が代を強制しようとして

現場と衝突するようになってからだ。

それ以前はどこの学校でも

普通に日の丸掲揚、国歌斉唱をやっていた。

だったら何が気に入らんのだというと、

憲法と教育基本法が

教育への国家の介入を禁じているからだろう。

アメリカの政策よりこっちの方が大きいのではないかな?

 

我が国がややこしいのは

右=新米=反ソ、反中ではなく、

左=反米=親ソ、親中でもないことだ。

田中角栄総理による国交回復以来、

中国共産党と最も太いパイプを持つのは自民党だ。

 

東郷平八郎の件で講師が涙ぐんだ市民講座、

主催していたのは韓国の宗教団体だ。

スパイ防止法制定国民会議や

昭和天皇の在位60年奉祝パレードなどでも

統一教会はほとんど中心的存在に見えた。

自民党国会議員に無償で秘書を派遣していたことは

テレビニュースでも報じられたことである。

 

嫌韓かと思えば親韓親中もいる。

自主憲法制定の時だけ反米で安保堅持、

集団的自衛権で共同作戦やろうぜなんだから

どっちやねん的ややこしさだ。

 

左の方は、北朝鮮の拉致などデマだ

と叫んでいた社会党が消滅してしまったので、

政党としては共産党。

これが北方領土では四島だけではなく全千島を返還せよ

と最も精鋭な主張をしていて

中国共産党とは毛沢東の時代から絶縁状態だ。

左っぽい市民運動は色々あるが、以前のように

ナショナルセンターが主導するものではなくなっていて

○○系とかの分類はできない。

 

左の方が比較的分かりやすいのは

権力を握っているかいないかの差。

権力を持っていると利害が複雑に絡み合い、

こちら立てればあちら立たずになりやすいのだ。

安倍さんの政策が矛盾をはらんでいるのもその為だ。

 

とまぁざっと俯瞰してみたが、

その中でポジショニングしてみると

ちょっとは分かりやすくなるかもしれない。

取り敢えず竹田氏には「日本」とか「国」とかの言葉で

何を表現しているのか具体的に語ってもらわなくてはなるまい。

 

先の大戦、最終局面では

「国体護持」が政府の最終目標となった。

国民を守るという意識は全くなかった、というより

国民を犠牲にしても構わないという姿勢だった。

そんな過去があるのだから

「国を守る為に闘えるか」と言われたら

「国って何?」と問うのは当り前であろう。

 

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コメント

「普通の歴史」の山場は超えたので、くり返さなくても良いかも知れないが、満州国建国までは日本の行動はなんら問題がないが、北支問題から上海事変になり、日本が軍隊を引かなかったのが、「軍国日本」と言われるもとになった。一般的にも満州国建国で若干の意見が分かれるものの、それまでの日本の行動を批判する人は少ない。

そして戦争の本当の原因は「軍部の独走」でもなんでもなく、「日本人が戦争したかった」に尽きる。それは「朝日新聞の謀略」でもあった。最も戦争をしたがったのは軍部ではなく、朝日新聞だったが、戦後にそれを隠すために朝日新聞は「軍部の独走」という幻想を作り出した。

そうしなければ自らの責任を隠すことができないからだったし、それは日本国民自体が戦争を好んだことを隠すにも役に立った。

ところで、当時の中国は大きく分けて自由主義の中華民国と共産主義の人たちだったが、上海は中華民国の支配下にあった。まだ中国には、イギリス(中部)、フランス(南部)、アメリカ(鉄道など)、日本(遼東半島など)が権益を持っていたが、ソ連(ロシア)とドイツは日本と戦って負けたので、領土的な利権は持っていなかった。

中国国内は、南部の蒋介石(国民政府)、奥地の毛沢東(共産中国)、それに北部の張作霖など(軍閥)で三分割されていたが、軍閥は時代遅れでそのうち滅亡する運命にあった。だから、蒋介石の自由主義か、毛沢東の共産主義かという戦いだった。

蒋介石はそれを良く知っていて「日本は軽い皮膚病、共産軍は重い内臓病」と言っていた。戦後に蒋介石は毛沢東に敗れて台湾に敗走するが、その意味では日本と蒋介石、それにイギリス、アメリカ、フランスは同じ利害関係にあった。でも、そのことが判ってくるのは戦争が終わって、東西の冷戦が始まってからで、「しまった!敵を見誤った」とほぞをかんだ人が多い。

歴史は過ぎ去っていくものだから、「どうすれば良かった」という議論は難しいが、もし「日本が正しく行動していたら」と言っても良いし、「戦前の日本人は間違っていた」とか、「私たちの祖父は誤った選択をした」というなら、「何が正しかったのか?」に言及しなければならない。

清が滅亡して、清の皇帝が祖国の満州に帰り、満州国を建国したのだから、本来の中国(ベトナム以北、チベット以東、万里の長城以南)の地域を国民政府が支配するのがもっとも平和的だっただろう。そのためには、当時の中国の利権を持っていた、イギリス、アメリカ、フランス、日本の4カ国が話あって、中国から徐々に撤退し、蒋介石を応援し、全土の統一を促進するのが最も良かったと考えられる。

そのためには、「血を流す前」が良い。戦争で一端、血が流れるとその土地にはどうしても血を流した兵士の国が権限を持ってしまう。だから上海事変の前がチャンスだったのだ。

日本には4カ国をまとめる力がなかった。アメリカのルーズベルト大統領は中国に幻想を抱き、日本を嫌っていた。イギリスはかつての日英同盟時代の信頼感はなかった。フランスはインドシナの利権があったので日本とは相容れなかった。もちろん、イギリス、アメリカ、フランスはまったくやる気がなく、中国を狙っていた。

さらに根本的な原因を探ると、やはり黄色人種の国を占領していた白人(アーリア人)にとっては日本が黄色人種の国であることが最も大きな障害になった。植民地経営では少数の支配層が大多数の植民地人を抑えなければならないので、植民地人が自信を持ったらそれで終わりだ。

日本が強くなり、白人と対等ということになると、アジアの植民地人は自信を持つ。それを防ぐためにはどうしても日本を同列に扱えない、しかしアジアでは日本が一番、力が強いというジレンマを持っていた。

そこにコミンテルン(世界をすべて共産主義国家にするための国際組織)がつけ込み、中国でのゴタゴタ、田中上奏文と言われる偽造文書、アメリカ政府内部のスパイなどにすっかり翻弄されたというのが歴史的事実だった。

その意味で、当時の共通の敵は「コミンテルン」だったし、もっとも戦争を望んだのもコミンテルンだった。もともと「ソビエト」というのは国の名前ではなく、「評議会」という意味で、この当時は中国に「中華ソビエト政府」というのがあった。コミンテルンの計画では、日本ソビエト、アメリカソビエト、イギリスソビエトというのを順次作っていって、世界中を共産国家にするのが目的だった。

日本はコミンテルンの計画に乗せられて戦争に走ったが、もし戦争をせずにイギリス、フランス、アメリカ、そして日本が徐々に中国から撤退し、平和裏に中国に国民政府ができたら、それでアジアは安定しただろう。

戦争はなかったが、その代わりに、朝鮮は日本で、インドネシア、フィリピン、インドシナ、ミャンマー、インドなどはヨーロッパの植民地のままだっただろう。それぞれの国が独立するためには、日本が戦争で流した血の何倍もの血が必要だったと考えられる。

歴史は間違っていて、かつ正しい。


投稿: isakazu | 2013年10月16日 (水) 20:06

おぉ、長文大作有難うございます。ベースとなった書籍は当方の書棚にもあり、その反論本もありますので仰りたいことは分かるつもりです。
   
 

特定の誰かに責任をかぶせる論法は、それらを敵視する論者の主観や誘導が必ず入っているので、さらに異なる角度からの資料批判が必要ではないでしょうか。陰謀は歴史の様相を多少変えはするものの大きな流れを作り出すことはできません。
       
 

内在的必然性の解明が歴史の課題であり、そこから正しく教訓を引き出すことが目的だと当方は考えています。

投稿: KenNagara | 2013年10月17日 (木) 02:03

私は竹田氏の話を結構すんなり聞けました。
その時点で、政治に関しては貴方とは意見が相容れないのでしょうね(苦笑)

知識も皆さんよりは遥かに劣りますから、長文を披露するつもりもありませんが、少しだけ。

おっしゃるように、歴史を振り返る時に内在的必然性の解明、及びそこからの教訓は重要です。その教訓を忘れてしまった時から、暴走というのは始まるからです。

しかし、方針を最終決定する際には、外的な要因を看過するわけにはいきません。
私は、この10年間でその外的な要因が大きく変化したものと考えます。よって、内在的必然性を有しないと理解しつつも、そういうものを持たざるを得ない時代になったのだと思っております。

眞鍋さんが放送の中で、竹田氏の意見に同調する姿勢を時折見せる一方、
「でも『争いたくない』という思いはありますね」とも述べたあたり、さすがわかってるなと私は思ったんですが、考えすぎでしょうか。

投稿: 洵之介 | 2013年10月19日 (土) 16:52

ん?内在的必然性とは客観的合法則のことで国内的という意味ではありませんよ?
  

例えていえば、織田信長は何故天下統一前に消えなければならなかったか、フランス革命から生まれたナポレオンが何故革命の反対物ともいえる皇帝なんぞになったか?20世紀で言うと、万国の労働者団結せよという国際共産主義運動のスローガンには、支配階級の為に労働者同士が戦争させられるのはアホらしいからやめようぜという帝国主義戦争否定の意味があるのですが、スターリンは帝国主義の道を歩みます。
  

これらには共通の法則性があると考えられますが、三人ともアホやったとか趣味が一緒だったとかではなく、個人の意思を超えた力が働いていたという意味です。
物語的歴史本だけ読んでも気付く人は気付くでしょうけど、分析的方法や形式論理学、弁証法を覚えておいた方が早いでしょう。

  
竹田さんは学者ではありませんし情緒的でいいのですが、情緒的でも日本がダメだと思ったことがなくそんな教育を受けた覚えもない当方には何も胸に落ちません。平和な国としてイイ国イメージランキング上位を走ってることが物足りないのかなぁと思うくらいです。

  
国を守る為に闘うと聞けば勇ましいけど抽象的にそう言われてもね、という眞鍋さんの反応は至って普通。おぉそうだそうだとアドレナリンを燃焼させていたら、食われるとも知らずに肉屋に群がる牛や豚になっていたってこともありますしね。


ちなみに政治についてですが、百のうち一つでもおかしいと思うことがあれば指摘するのがジャーナリズムの仕事と思っています。政権担当者が自民であれ民主であれ、維新、公明、共産であってもそのスタンスは変わりません。

投稿: KenNagara | 2013年10月20日 (日) 02:24

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