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2013年9月 1日 (日)

御苦労さまでしたの黒田はん白熱対決「マネー」

 

さてと「たかじんNOマネー」今回は、

黒田はん vs 25人の中国人。

テーマは歴史認識、パクリと尖閣問題だ

 

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って、大丈夫か?

どえらく緊張黒田はん、全然大丈夫じゃなさそう。

これはイカンということで、

青山繁晴さん、久し振りに講師として登場だ。

 

黒田はんとは初対面、ではなく実は二度目らしいのだが、

ツルぴかハゲヒロさん(大阪の人なら分かる)の

黒田はんも知らなかったエピソードも披露して

エッ!そやったんの驚き地底人。

 

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で、青山先生の講義に学ぶ黒田はん。

「毛沢東は南京大虐殺を語ったことはない」

そりゃそうだ。南京戦の当事者は国民党軍だし、

蒋介石は戦争資料を全て台湾に持っていってしまった。

中国共産党は何のデータを持っていないのである。

 

蒋介石は対日賠償請求の為、資料を整理していたが、

賠償請求を放棄したので結局、表に出ることはなかった。

日本も敗戦により多くの資料を処分している。

知らない者同士で空中戦をするより、

台湾に保存されている資料を精査すべきだろう。

 

だが、中国共産党にはそれができない。

そのせいか、日本にそれを求めよう

という動きがあったのは80年代のことだ。

当方の知る人にも盛んに接触を図ってきて

なんとか止めようとしたのだが、

某大新聞や某有名ジャーナリストの力もあって、

まんまと乗せられてしまった人がいたのは残念だ。

 

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眞鍋さんはなんでやらないのかと黒田はん。

なにを言うか眞鍋かをりさんは

友好的雰囲気の場にこそふさわしい。

嫌われ役は黒田はんの仕事だっせ。

 

汗だくで戦い終えた地底人をねぎらう眞鍋さん。

よく健闘したとは思うが非を一切認めない中国式に

一緒に巻き込まれ乗せられてはいけない。

長くなるので末尾の付録に書くことにするが、

隣室の資料を手に取ることができないので全て記憶頼み。

大雑把にしか書けないし記憶違いもあるかもしれないことは

予めごめんね。

 

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「講義のタイトルがパクリだ」なんて指摘され

やられましたねと眞鍋さん。

いやいや、あれはパロディーであってパクリやおまへん。

 

日本も昔はパクッてたという攻撃に

反論すべきだったと指摘された黒田はん。

高度成長期、技術貿易で日本はずっと赤字だったが、

それは技術を買ってきたのであってパクッてきたのではない。

テスタロッサのチョロQみたいなのや

ポルシェボクスターのそっくりさんとかは、

まぁ・・・・パクリだけどね。

 

パクリでは非を認めざるを得なかった中国人だが、

尖閣ではそれなりに言ってくる。

でも、想定問答集どおりという感じで最後、

資源が出たから自分のものってずるくないですかと言われて

「政治ってそんなもんだよ」って、居直りか?

切り取り自由の帝国主義時代ではないぞ。

国連憲章くらい読め。

 

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さすがにカチンと来たか

「言い返したくなりました」

「私もやりたい。勉強します」

う~ん、眞鍋スマイルで戦闘力なくしそう。

やるならテーマを選ばないとね。

 

 

 

 

<付録>

 

便衣兵の話

 

南京戦に参加した元兵士達から便衣兵の話は腐るほど聞いた。

便衣兵がゲリラとして抗戦した事実があったかどうか

正確には分からないが、当方が聞いた範囲ではなかった。

サンプリングが何千何万とある訳ではないし

戦域の全て、戦争の全時期を網羅している訳ではないので

断定はしない。

 

その上での話だが、便衣兵は

ほぼ「敗残兵」として認識されていた。

当時書かれた史料を見てもこの二つは同義である。

ここでいう史料とは後世の人間が編集したものでも

印刷物として発表されたものでもない。

まさにあの時、現場にいた人が書いた直筆の現物史料である。

あの時あの場にいた人の理解と感覚を知る上では百%正しい。

 

ゲリラはジュネーブ条約で守られないとか

捕虜の扱いに関する国際協定など

現場には徹底されていなかったなど

後世の解釈はそれはそれでやったらいいが

ここでは踏み込まない。

 

現場の空気としては軍服を着た捕虜も

便衣兵も敗残兵(逃亡兵)も全て一緒。

武装解除して開放するか処刑するかのどちらかだった。

便衣兵の場合、兵である確証はほとんどなく、

掌が柔らかいから農民ではない兵だろうとか

面構えが反抗的だからとか、

かなりいい加減な基準で選別されたと聞いた。

 

太平洋戦争でも捕虜の銃殺は行われたし、

戦犯に問われたケースもあったが、まさかあれが

戦争犯罪だとは思っていなかったのではないかと想像する。

便衣兵狩りは明白な捕虜でもなく、さりとてナチスドイツが

ソ連や北イタリアで行った村民皆殺しの虐殺とも違う。

だが、選別してるだけマシだなんて話もぞっとしないし、

便衣兵狩りも虐殺というならそうだろう。

 

だが、どちらが酷いかの比較級の話ではなく、

戦争の実相を見つめる視点として、その後の戦争で

悲劇が拡大再生産されたことも見ておかなくてはならない。

その意味で後のワルシャワ、スターリングラードなど

大都市での市街戦を先んじたものだったと思う。

 

住民を巻き込めば悲惨は何倍にも増幅される。

住民と兵士の区別がつかないとなおさらだ。

だから、より規模の小さい村レベルでの住民虐殺も頻発した。

こうした行動にはパルチザンに協力した

「ベトコン」の拠点になっているなど

戦闘の延長としての口実がつくもので、

戦闘行動だったのいい訳はきかない。

 

黒田はんそれはあかんでの話

 

「当時は」「当時は」って当時を正当化してはダメだろう。

それでは敗戦もやむを得なかったことになり

何も学んでいないに等しい。

日米開戦前にも蒋介石は講和の申し出をしていたし、

国民党と和解していれば米国の介入はなかった。

 

さらに極東ソ連軍の動きは日本の動静で決まる。

独ソ戦の帰趨を左右する外交カードを日本は握っていた。

チャーチルは独ソ共倒れを望んでいた。

直接の敵であるドイツが勝つのは困るだろうが

さりとて戦後世界でスターリンの発言力が強大化するのは

できれば避けたいところ。

逆に思い切りソ連を支援するなら極東の緊張を解き、

シベリア鉄道でアメリカが支援物資を運ぶことを妨げない

という手もある。

 

それが現実には日米開戦によって

ジューコフ将軍とシベリア軍団は独ソ線に投入され、

レニングラード、クルスク、そしてベルリンへと

ヒトラーを追い詰めてゆく。

おまけに英米をしてスターリンに

日ソ不可侵条約破棄への承認を与えさせ、

その反作用としての対ソ抑止効果という意味で

原爆投下を後押しする結果となった。

 

ところが日本政府は既に対日戦を企図していたスターリンに

講和の仲介なんぞを申し入れていたのだから

ったく何やってんだかである。

蒋介石はといえば、日本の敗色が濃くなってからも

日中協力は大事だからと連合国に対し一肌脱ぐ用意がある

と伝えてきている。

ところが在支那派遣軍司令部はレイテの敗戦すら知らず

(信じられないが当時の参謀がそう述懐している)

「何偉そうに言うとんねん」と蒋介石の申し出を一蹴している。

 

やることなす事なにやってんだかなのであって、

時の軍国主義政権を擁護すべき要素は全くない。

あんな政権を誕生させてしまったことこそ

最も反省すべきことである。

 

もう一つ言えば外国に軍隊を派遣して

土地と国民を支配すればそれは侵略である。

日本の領土が脅かされた訳ではないのだから

防衛戦争とは言えない。

それを進出などと詭弁を弄していると、

尖閣に中国軍が上陸しても

「これ進出、侵略ないよ」と言われてしまうぞ。

 

認めるべきは認める。

だったらいいなのお花畑はファンタジーだ。

サンフランシスコ講和条約を根拠に尖閣は日本領

と主張しながら

他方でサ条約を全面否定するような

日本正しかった論を吹いたって

仰る通りと同意する国は一国もないだろう。

 

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コメント

Mr. ken Nagaraの「白熱教室」、有難うございます。

便衣兵狩りの証言など、とても勉強になりました。
(「蒋介石による講和仲介」には疑問が残りますが)

私も中国へは「侵略」したと言わざるを得ないと思うし、当時の日本を弁護するつもりもありません。

「認めるべきは認める」-おっしゃるとおり。
ただ私は、事実に基づいて認めるべき。そしてその事実に基づいて、次の世代を教育して欲しい。
それだけです。

諸外国の罪も公平に列挙し、
「敗戦国だけが悪いのではない。戦争そのものが悪いのだ」
という事実を子供達には理解して欲しいのです。

私の希望は、日本史・世界史の教科書に限らず、
「戦争史」を歴史の教科書に入れること。
日本軍の蛮行も、事実に基づいて載せる。同様に載せるべきは、
- アメリカの原爆・大空襲による日本民間人大虐殺
- 現在進行形の中国によるチベット侵略
- 古くは十字軍、コンキスタドーレス、奴隷貿易等の大虐殺
- 新しくはベトナム戦争等の映像を交えた、欧米人による蛮行

失われた尊い命の数を考えると、これらも当然「戦争・侵略の反省」として学ばれるべきかと。

以上が、ど素人の全くの私見ながら、私の本心です。

眞鍋さんにも、
「その"JUSTICE"って本当に“正義”?」
という視点を忘れずに、これからも頑張って欲しいものです。

投稿: 洵之介 | 2013年9月 2日 (月) 13:56

戦後日本の歴史観は左右のそれが互いに相手を全面否定するという両極論で、その狭間に埋もれてしまった真実も少なくないと思っています。
  
南京に進軍した部隊は補給が追い付かず、略奪しなければ糧を得られない状況でしたから、占領が平穏無事に粛々と行われたとは思えません。ただ、30万人虐殺とか日中戦争での中国側犠牲者2000万とかいうのは何のデータも持たない中国共産党による白髪3千丈ではないかと思います(国民党の資料では日中戦争の中国側犠牲者は3百数十万だったような)。
 

蒋介石の申し出の話は当方も「はぁ?」とビックリした話です。当事者の証言でなければ当方も信じなかったでしょう。その意味でも台湾にあるはずの資料調査を求めたいところです。

投稿: KenNagara | 2013年9月 2日 (月) 16:07

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