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2013年8月21日 (水)

「最後の世代」と命運託された眞鍋さんのゴールデンラジオ

 

え?温度が分からなくなった?

「冷ややっこが温かい」って、

どうしたのか大竹まこと翁。

「末期症状ですね」って眞鍋かをりさん。

いやいや、まだ往生するには早過ぎる。

我が国の為にあと10年は頑張ってもらわなくては。

冥土に良い物件を見付けたからといって安心してはなりませぬ。

 

20130820

 

ということでの「大竹まこと ゴールデンラジオ」

手を挙げて大声で叫ぶ眞鍋さんは

あの世から大竹翁を呼び戻すの図か。

そういうことならとよっこらせの大竹翁、

心なしかちょっと眠そう。

 

さてCM出演おめでとうございますの髭男爵、

こちらは温度が分かり過ぎて冷房苦手。

「みんなのメガネを曇らせるイメージ」(眞鍋さん)だが、

なんのことはない人間ストーブデブ男爵、

汗をかいて熱を発散していないと存在意義がないのである。

 

他方、体脂肪率の低いスレンダー眞鍋さんは

電車の中でもデパートでも「どこへ行っても寒い」

「世間と闘っています」状態。

赤外線探知機で体温を測定し、

自動的に温度調節するエアコンはどやとなるほど提案。

技術的には簡単そうだけど、問題は価格か。

 

麻生副総理も推薦していた「はだしのゲン」

子供たちには許可なく読ませないとした島根県の騒動。

右翼が一人騒いだだけで何やってんだと

決定プロセスに疑問大だが

眞鍋さん、小学生の頃にアニメ版を見たらしい。

 

でも怖くてほとんど下を向いてたそうな。

広島の原爆資料館も、友達に手を引いてもらい

目をつむったまま通過したとか。

でも、怖かったという経験自体が無駄ではないと眞鍋さん。

「ゲン」のコミック版を後に読み直したといふ。

 

「はだしのゲン」は確かに表現がストレート。

当方、仕事で、あるいは個人的に

聴き取ったり収集した戦争体験は千を下らないと思うが、

文字にする場合、亡くなられた方や御遺族の心情を考えて

つい直線的な表現を避けがちになる。

だが、「ゲン」の作者は自らの経験を描いておられるのだから

それは尊重せねばなるまい。

 

眞鍋さん達は生の戦争体験を聞いた最後の世代だと大竹翁。

「伝えられるかなぁ」と眞鍋さん。

樺太で戦争に巻き込まれた御祖父様は

鉄道にお勤めだったとか。

つまり民間人だったけど抑留経験もあるという。

よくぞ御無事に帰還なされたものである。

 

この日は思想家のオッサンや詩人の先生も御出演、

チェルノブイリや福島の話が出た。

チェルノブイリもまた安全派と危険派が

それぞれのデータを持って論を立てているので、

どちらか一方だけを鵜呑みにはできない。

ただ、石棺化されているチェルノブイリ原発と

剥きだしで毎時1千万ベクレル放出中の福島第一とを

同列に扱ってはいけない。

 

「福島には記憶が止まった場所がある」

という詩人・和合亮一さんの言葉には痛みを感じた。

福島の話は週末の「マネー」でも多分、出るだろう。

続きはその時にしよう。

 

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コメント

「はだしのゲン」の作者・中沢啓治氏の、原爆の被害者としてのストレートな表現は、Nagaraさん同様評価します。
一方、終戦時わずか6歳であり、ヒロシマ以外の記述は直接経験したものではないのも事実です。

それはさておき、眞鍋さんが小さい頃経験した豊富な原爆資料との接触というのは、愛媛の教育現場そのものと言って良いでしょう。
それに加えて御祖父様の話。平和への思いは人一倍強いはずです。
(同郷で、民間徴用された曽祖父をフィリピンで亡くしている私はとても共感できます)

そんな眞鍋さんのマジメな部分もしっかり認識した上で話を振ってくれる大竹まことさん。このラジオは彼女にとって大きな存在だと思います。たかじんNOマネー同様に。

これからの眞鍋さんの進化と共に、それを記録し続けている貴ブログに、これからも期待しております。

投稿: 洵之介 | 2013年8月22日 (木) 13:08

生の体験を知るということは当時の皮膚感覚を知るということに通じていて、後世得た知識で是非を問うものとは違うと思います。
  
捕虜や逃亡兵の銃殺は当時としては当たり前でしたし、首切りに至っては内地の新聞がはやしたてたほどで一種のブームだった時期もありました。
そんな当たり前が終戦によって一気に覆る。中沢少年の周囲の大人は戦争経験者ばかりだった訳ですが、新しい価値観で受けた衝撃は少年には直接響いたし、周囲の大人との乖離にいら立つこともあったでしょう。
それも時代の空気、皮膚感覚というものだと思います。

事実は真摯に向き合うもので先入観で解釈すべきものではありませんが、経験者の話には情報が少なかった時代の勘違いや誤情報がそのまま訂正されずにいる場合もありますから精査は必要です。

投稿: KenNagara | 2013年8月22日 (木) 14:24

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