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2010年10月20日 (水)

何故かシンザンの話

眞鍋かをりさん、京都でアパパネの1着当てたらしい。

まぁ、大本命ではあったのだろうけど ・ ・ ・ 。

だが、最終コーナーの立ち上がり、大外から一気の差し足。

「シンザンみたい」なんて思ってしまったのは恐れ多いのか。

 

何しろ京都競馬場にあるシンザンの銅像、

その台座に書かれた漢字二文字は

「神賛」

 ・ ・ ・ すっ、凄い名前である。

 

神をも讃えるというその強さ、いかなるものであったのか。

その伝説はガキの頃、両親から何度も聞かされた。

いい歳こいた大人が口角泡を飛ばし、なかんずく

馬券なんて買ったことのない母親まで興奮するのは

子供心におかしくもあったが、ギャンブルを超えて

もはや国民的ヒーローであったのだろう。

 

アパパネを見て「シンザンみたい」なんて思ったのは

1996年、伝説の5冠馬が35年の長寿を全うした時

ドキュメンタリーでその凄さの一端を垣間見たからだ。

インは馬場が重いと見たライバルが最終コーナー、

わざとインを開けて外を回ったのだが ・ ・ ・ 

さらに超大外、塀際を駆け抜けたシンザンが画面から消える。

 

「シンザンが消えた」と語り継がれる第10回有馬記念。

その姿が見えた時には

20馬身差を瞬時に縮めたシンザンが先頭を走っていた。

19戦15勝(2着4回)という戦績もさることながら

この神がかり的な勝ちっぷりこそが

人々を興奮させた源であろう。

 

モータースポーツでは有り得ないパッシングだが、

燃料さえあれば最後まで最大馬力を発揮するエンジンと違い

人や馬は限られたパワーを有効に使い、

いつ勝機を見出して爆発させるかがカギとなる。

競馬予想がF1予想よりずっと難しいのはその為だが

だからこその面白さでもあるだろう。

 

京都競馬場一号入場門が

「シンザンゲート」

と改称されたのは昨年のこと。

伝説は永遠なのである。

 

 

*:ちなみに、第10回有馬記念は

  ゆ~ちゅ~ぶとか言うのでも見ることが出来る。

 

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