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2010年6月12日 (土)

はやぶさの旅路と人生と眞鍋さん

やったね!でもちょっと残念。

というのは小惑星探査機「はやぶさ」の帰還。

 

「残念」といってもケチつけてる訳では断じてない。

眞鍋かをりさんが出演していたscience ZEROでも、

2005年の5月と12月に取り上げていたのだけど

当方、録画を残していなかったのだ。

 

残っていたらいたで探すのはひと苦労だったろうが

ないよりはあった方がいいし、あればあったで

検索しやすく整理しとけばよかった。

この時代の放送分は番組HPでも観られない。

 

それは兎も角、はやぶさの打ち上げは、

眞鍋さんが同番組のMCに就任して間もなくの頃。

眞鍋さんが突っ込んだり笑わせたり泣かせたり、

美脚を惜しげもなく見せている時、

彼(はやぶさ君)も波乱に満ちた旅を続けていた。

 

小惑星イトカワに無事着陸したのか失敗したのか、

良く分からなくてハラハラしたり、

もうダメかと思っていたら「無事だよ」と連絡してきたり、

自分で自分を修理しながら旅を続けるところなど

スタートレックを彷彿とさせる物語だ。

 

地球の裏側の10円玉くらいの小さな目的地に

そっとお邪魔し、要件済まして戻ってくるところが慎ましいし、

命中するだけのミサイルなどより、はるかに意義がある。

彼の旅路そのものが最大の成果ではないだろうか?

 

はやぶさ君がじわじわと人々の耳目を集めるようになったのは

彼の冒険が人の人生とオーバーラップしてしまうからだろう。

燃え尽きた後に残されたものがいかに些細なものであろうとも

旅の過程でなした事柄の意義は消えはしないのだ。

 

財産や名前を残そうなどと考える必要はない。

少なくともそれを目的に生きるのは無意味だ。

人の行いは人の行いの中に継承され、

人々の行いの中に生き続けてゆく。

 

悔やむことも少なくないのははやぶさ君も同じだ。

でも、順風満帆の旅ではなかったからこそ得るものも大きい。

つまずく度に立ち上がってきたからこそエライのだ。

まさに人生である、ウムッ(一人合点)。

 

日々の生活の一瞬も、

刻みこまれる人の旅路の1ページ。

悔いの残らぬよう、精一杯生きてゆかねばなるまい。

そして眞鍋さんも、信じる道を真っ直ぐに生きて欲しいと願う。

 

 

さて、DVDの整理でもしようか、取り敢えず。

 

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