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2010年5月23日 (日)

漢字だらけの遠くて近い記憶

戦後強制抑留者特別措置法が参院を通過した。

と書いたら、なんと20字中15字が漢字だ!

古色蒼然とした空気が漂うのだが、それも当然、

全国抑留者補償協議会の会員の皆さん、

平均年齢88歳だそうだ。

 

実は眞鍋かをりさんの御祖父様も抑留経験がある。

軍人ではなかったらしいけど、樺太在住だったので

侵入してきたソ連軍との戦闘に巻き込まれたようだ。

だが、昨年物故され、この法律は間に合わなかった。

 

実は我が父もれっきとした抑留者だ。

赴任したばかりの新米将校だったが、

特務機関員であることがバレ、その為に

抑留されること7年の長きに及んだ。

 

こうなると浦島太郎みたいなもんである。

特務機関員は全て戦死扱いで経歴抹消されるらしく

ひょっこり帰ってきたもんで実家は大騒ぎだったらしい。

それやこれやで当時として異例の晩婚になってしまった訳だ。

 

一方、抑留者でも晩婚でもないけれど、

上原美優さんの御尊父様は御年77歳にあらせられる。

つまり、我が父と10歳も離れていない。

その間に眞鍋さんの御祖父様が入るのだ。

 

随分と世代が違うのに奇遇ではある。

我が父はとうに亡く、やはり今回の法律は間に合わなかった。

上原さんの御尊父様は抑留者ではないが、

22歳の若さで戦争体験を聞かされる(聞くことができる)とは、

貴重な立場と経験である。

 

ちなみに我が父が生き延びたのは大阪人のお陰である。

兵二人と偵察に出て数日後、朝目覚めると轟々と音がする。

なんだなんだと遠くを見やると、ソ連軍機甲部隊の車列。

それが端も見えない長さで延々と続いていたという。

 

そこで大阪出身の兵がひとこと。

「こらあかんわ」

だが、血気盛んな新米将校はキッと振り向いた。

「何を言うか!皇国不敗、必勝の信念を持って ・ ・ ・ 」

「あきませんって ・ ・ ・ 犬死でっせ」

 

そう言われて見回すと、武器といえば兵が持つ小銃のみ。

我が父は腰に一升瓶二本(途中で調達した酒)。

実家が送った刀は持っていたが、

戦車に切りつけてもどうなる訳じゃなし。

 

そういう訳で、交戦することなく父の戦争は終わった。

この話、8月くらいに一度まとめて書いてみようかと思う。

で、ここはひとまず、

上原さん御尊父の御壮健をお祈りして終わっておこう。

 

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