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2009年1月20日 (火)

したたかよりしなやかに 眞鍋さんのテクニック

「やっぱり眞鍋さん、上手いや」

そう思わせてしまう今回の「ココだけで教えて」

(『週刊ポスト』1.30)。お相手は立川談春さん。

談志師匠のお弟子さんだ。

 

談志師匠はやはり凄いらしい。

弟子だから師匠を崇拝するのは当たり前だが、

第三者から見ると、

「俺はエライ。だから何やっても許される」

といった驕りが感じられて、

好きにはなれないアクの強さがある。
 
だが多分、

そう思った時点で、師匠の術中にはまっているのだろう。

「実はイイ人」なんて思われたら

逆に困ってしまうのかもしれない。

 

実は談春さんもそのスタイルを受け継いでいる。

エッセイ集「赤めだか」がヒットして、

出版社から続編の依頼があっても受けない。

「生半可な原稿の頼み方をすると、奥歯を抜かれる」

なんて噂が立っている、なんて話を自分でしちゃってる。

周囲が恐れるほどの偏屈者と言う訳だ。

 

だが、眞鍋さん、その偏屈魂を巧みにくすぐる。

下手に持ち上げておきながら、

「でも、ちょっと天邪鬼な部分もないですか?」

と、ポイントを刺激する。

我が意を得たりと乗ってきたところで、さらに一押しすると

「面白くなってきたな」とさらに乗ってくる。
 
「あんたには分からないだろうから教えてやろう」

的な上から目線だが、

ベストセラー作家としては先輩の眞鍋さん、

そんなことはおくびにも出さずに

「教えて下さい」的に持ち上げてゆく。

見事である。

 

だが、これは小手先のテクニックではない。

よく学びよく吸収する眞鍋さん。

立川一門とは対照的に自己評価が低く、謙虚。

その謙虚さが、

自己主張に自己主張を対置させないしなやかさとなって、

術中にはまったように見せつつ術中にはめてゆくのだ。

 

インタビュアーとしては高度なテクニックだが、

そうと感じさせないのは、打算ではなく、

「眞鍋さんらしさ」が根底にあるから。

「眞鍋かをりのアイデンティティー」

これこそ、その力の源である。

 

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