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2008年5月10日 (土)

滅び逝く者の希望

ジストロフィーが内臓筋に進行すれば死神の顔が見える、などと書いたら本当にそうなってしまった。内臓筋が衰えてくると痛みを伴うのが厭である。ここから先は、なるべく時間短縮でお願いしたいと思う。死ぬのが怖くない訳ではない。死の恐怖におののいて、就寝中、不意に目を覚ますなど毎日のことだ。だからこそ、早く終わらせて欲しいと思うのだ。

このカテゴリーの記事は読む人が限られているし、TBもしない。だからこの際、本音を語ろう。

目下の希望は、眞鍋かをりさんが現役でいる間に死にたい ・ ・ ・ と言う事だ。

ミーハーと笑うなかれ。これは非常に重要なことなのだ。

もはや、自分の力で何かを成し遂げる喜びを味わうことは出来ない。それだけに、衰え行く自分に成り代わって人が日々成長してゆく姿を見ることは、我が事の様に嬉しい。だが、そういう人はなかなか見つからないものだ。

子供でもいたら違っていたのかもしれないが、こんな親を持ったら子は不幸である。赤の他人だからこそ、無責任に喜びを味わえるのだ。

これまでも縷々述べてきた様に、眞鍋かをりさんの「脳力」は本物である。人知れず努力家でもあるらしい。だが、虚栄心に乏しく、自我も弱いので、それらを表に出す事はない。背伸びもせず、萎縮もしない。その自己表現はとても素直だ。かと言って中途半端でもない。基本的に有能なので随所に光るものを見せる。さりげなくさりげある存在。

そんな彼女が小さな歩みを積み重ね、着実に進歩を続けている。TVとブログを通じて時間軸を共有出来るので、手に取る様にそれが分かる。とても嬉しい。何かを達成しつつある喜びを共に出来る。こんなこと、他では得られない。

そんな幸福感に包まれながら逝きたいと考えるのは自然な感情であろう。残された時間に対する願望としてはとてもささやかなものと思うのだが、どうであろうか?

もっとも、こんな事言ってるヤツに限って長生きしたりする。案外、私もそのクチかも知れない。でも、自分で飯も食えなくなってから長生きするのは厭だなぁ。

 

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